死神の妻

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 炎のようにうねる赤毛だった。  紳士らしいというには長すぎ、手入れがいきとどいているとも清潔感があるとも言い難かったが、豊かな頬鬚に良く似合っていた。  沈痛な、と言いたくなるほどの悲し気なペイルブルーの瞳だった。  エンリケ・アルカラス。  独立革命以前は貴族と呼ばれる身分だったという。  三十四歳。  独立戦争時代彼は少年だったが、その頃の記憶ははっきりと残っているはずだ。 「結婚式は必要かね」  屋敷に案内されて、椅子をすすめられて紅茶を出されて、初対面の挨拶のあとの、最初の発言らしい発言が、それだった。  そうだ、私はこの人の妻になるのだ。 「いいえ。私には、そのような晴れがましい場は似合いません。家族も望んでいないでしょう」 「そうか、それは助かる。私も、地元の司教からは嫌われていてな」  私は披露宴のことを思って答えたのだったが、彼は神の前での儀式そのものを省略するつもりでいるらしい。  それはかなり異例で、予想外のことだったが、私は口を挟まなかった。  どうでもいいことだ。  私はここに、命を捨てに来たのだから。         
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