死神の妻

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 エウリディスではありえなかった。  あのエンリケが、おそらく生涯愛し、執着し続けている女性、それが、死んでなお人を苦しめ冥界に引きずり込むようなことをする人なはずはない。  執事たちは何も話さなかったが、農場の小作人や使用人には彼らよりを年を経た者たちがおり、昔のことをよく覚えていた。  アルカラスの墓所に踏み込んだことのある者はわずかだったが、それでも彼らの証言は一致していた。  墓所の祭壇は、クロエの死以前には存在しなかったと。     それが誰であれ、人の霊が自らの力で悪魔に変わるとは、私には信じられなかった。何者か、超越的存在の力がない限り。  ハイチから流れてきたという、黒人の小作人のもとを尋ねた。異教の司祭だと言われる男だった。  バロン・サムディの祭壇は父の代に据えられたもので、自分は関わっていないと、そのアルフレードという若い男は言ったが、重大な証言をしていた。  エンリケの結婚とほど近いある時期、父が見るからに高価そうな、上品な金のネックレスを持ち帰ったことを。翌月、その宝飾品が消え、代わりに新しい農具一式を父が手に入れたことを。  母によればその時期、父が近隣の地主、ロダルテ家に出入りしていたらしいことを。  ロダルテ家とはすなわち、クロエとセレスティナの血筋である。   セレスティナは私に語った。  クロエを殺し、自らがエンリケの妻となったと。  しかし、結婚した後になって、エンリケがどれほど死んだ妹に執着しているか知って、絶望した。  自分の絶望をエンリケに見せつけるために、ただそれだけのためにセレスティナは自殺した。  死の直前に、バロン・サムデイとある契約を交わして。                  
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