死神の妻

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 私の名はアザレア。  苗字にはもう意味がない。ポルトヴェルデの商家の娘だった。  二十六歳にして未婚、というのは狙ってできるものではない。  私は身体の弱い、読書が趣味の陰気な娘だった。そして、めったに外に出ないくせに、私の肌は浅黒かった。  異人種との混血が疑われるほどに。  共和国は諸族の融和と合一を唱えているが、社会の上層にいくほど人種意識は根強い。  結果、私は結婚できない娘として、生家の重荷となった。   ――お姉さまったらほんとうにかわいそう。  健康で明るくはつらつとした妹に、面と向かって何度もそう言われた。  たぶん、悪意なんだと思う。それを確かめる勇気も、妹と喧嘩をする気力も、私にはなかったけれど。  妹は十八歳で大貿易商の妻となり、今は二人目の子供を妊娠している。見るからに幸せそうだし、家族からも夫からも大切にされている。    私がそのようでないのは、私にそれだけの値打ちがないからだ。  私はそう思っている。  そういう自分を哀れだとは思わないし、憐れんでほしくもない。  ただ、自分にとっても周囲にとっても、存在しないほうがよかった。  そう思っているだけだ。  チアパス州の大地主が、結婚相手を探している。  公証人をしている叔父が、そういう話を持ってきた。  その人の名が、エンリケ・アルカラス。今目の前にいるこの人だ。  十二年で八度の結婚をしているという。  離婚はしていない。全員と死別しているのだ。  ついたあだ名が青ひげ。シャルルペローの童話に出てくるあれだ。  私もまた死ぬだろうことは、叔父も、両親も、私自身も予想していた。  皆、それでいいのだと思ったのだろう。  私は実家の重荷のまま、いつまでも生きていくことを耐えがたく感じていた。  だから私は、ここで、アルカラスの屋敷で命を捨てようと決めたのだ。           
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