第3話

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 実はあの少年が現れたのは、今日が初めてではない。  夏祭りの夜以降、彼はあたしの前に出没するようになっていた。場所も時間帯もまちまち。昼の学校に現れることもあれば、夜に家の外に立っていることもあった。  彼はいつも少し離れた場所に、ただ佇んでいる。よくある怪談だと、殺してやるだとか、呪ってやるだとか、こちらに害意のある言葉を言ってくる。もしくは、自分の無念や未練を訴えてくる。  けれど、彼は何もしてこなかった。無言であたしを見つめるだけ。表情は……分からない。あたしが彼の顔を真っ直ぐ見ることができなかったから。  怖かった。彼は黙っているけれど、きっと憎しみのこもった目で睨んでいるに違いないのだ。  こちらに何のアクションもとらない幽霊はいる。その幽霊の性格によるものなのか、それとも力が弱くて話せないからなのかは分からない。そういう、ただこちらの様子を窺っているだけの幽霊に遭遇することはあった。  ただそこにいるだけの幽霊と、生きている人間を見分けるのは難しい。一見しただけでは、普通の人間と変わりないのだ。中には外見がボロボロで不自然だったり、時代錯誤な服装をしていたりと、判別し易い幽霊もいるけど。反対にごく普通の格好だと、もう生きていない相手なのだと判断するのは難しかった。  小さい頃は本当に見分けられなくて、よく話しかけては幽霊に絡まれたものである。  でも、彼が幽霊だということは、すぐに分かった。  服装は季節外れとはいえ、よくある普通の詰襟の学生服。服がボロボロだったり、どこかを怪我していたりするわけではない。体は透けていないし、空中に浮いてもいない。覗くのが不可能な2階の窓から見てくるわけでも、壁をすり抜けて現れるわけでもない。何も知らない人からすれば、ただの男の子としか思えないだろう。  でも、あたしには分かる。  彼は生きている人間ではない。  あたしが見える体質だから、見抜き方を心得ているから……でもない。あたしは彼を知っている。  一度も染めたことがないと分かる真っ黒な髪。服の上からでも痩せているのが窺える体。白い肌は綺麗というより病的な印象で、血管が透けて見えるのではないかと思うほど。指も細く、針金みたい。それがゆっくりと本のページを繰るのを見るのが、幼いあたしは何故だか好きだった。あたしが膝にかじりついて何を読んでるの、と聞くと鬱陶しがらずに教えてくれた。そして、頭を撫でながら、本を読み聞かせてくれるのだ。  少年はあたしの兄だ。  ずっと昔に亡くなったはずの。
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