第3話

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 お兄ちゃんを思い出して、まず最初に浮かんでくるのは、小学生くらいの姿だ。  記憶の中の幼いお兄ちゃんはいつも本を読んでいる。場所は病室のベッドだ。子供のお兄ちゃんは大きい枕に頭を沈めるようにして預け、文庫本に視線を落としている。でも、あたしが病室に入るとすぐに気付いてくれた。まあ、あたしがうるさかったからかもしれないけど。  実はそんなに本は好きじゃなかったのかもしれない。病室でできることといったら、限られている。同部屋の人とお喋りは年が離れているし、お兄ちゃんは人見知りする性格だったので、なかなかにハードルが高い。  お母さんがよく本を持ち込んでいたので、気遣いから仕方なく本を読んでいたのかもしれなかった。  好き好んで読書をしていたわけではなく、他に暇を潰せるものがあれば、そっちでも問題なかった。だから、あたしがやってきたら、すぐに本を閉じてくれた。お兄ちゃんが頻繁に入院していたのはまだ小学生だったので、やっぱりそんなに本は好きじゃなかったんじゃないかな。  お母さんはよくあたしを連れて、お兄ちゃんのいる病院を訪れた。あたしは確か幼稚園児くらいだったかな。小さかったあたしは「入院」というものをちゃんと理解していなくて、特殊なことという認識はなかったように思う。あまり深く考えていなかった。何だか分からないけど、お兄ちゃんはよく病院にお泊まりしている……そんな風にとらえていた。  あたしはじっとするのが苦手な子供で、受付で話しているお母さんを待てずに、お兄ちゃんの病室まで一人で向かう。勝手知ったる他人の家とばかりに躊躇いなく扉を開けると、大人たちに混じってお兄ちゃんの姿が見えた。  大人用のベッドに寝ているお兄ちゃんは、何だか心細そうに見えた。  きっとベッドにスペースが空いているせいだ。  そう思いお兄ちゃんに駆け寄って、勝手にベッドへ上がり込む。靴も脱がずに上がるあたしを、お兄ちゃんはニコニコと笑って迎え入れてくれた。  仲は悪くない兄妹だったんだろう。他の兄妹を知らないので、なんとも言えないけど。  お兄ちゃんはとても優しかった。あたしがヤンチャをしても、いつも笑っていてくれた。家にいる時間よりも入院している時間の方が長くて、あまり頻繁に会えなかったせいだろうか。だから、妹に甘かったのかもしれない。  お兄ちゃんは生まれつき体が弱かった。野山駆け回る野生児だったあたしと違い、激しい運動はご法度でベッドの上が定位置だった。大人になるまでは生きられない、と両親はお医者様から言われていたそうだ。お兄ちゃんも、そのことは知っていたんだと思う。直接、宣告されていなくても、何となく察していたに違いない。  あたしは全く実感なんてなかった。お兄ちゃんが死んでしまうなんて。何の根拠もなく、きっと大丈夫だ、保たないと言いつつ大人まで生きられるに決まってる。そんな風に漠然と考えていた。  でも、あたしの楽観的な予想と現実は違った。  お兄ちゃんはお医者様に言われた通り、成人する前に他界した。  その時、彼はまだ高校生だった。
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