第3話

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 告別式の日。  お母さんは泣いていた。お兄ちゃんの意識があるうちは気丈に振る舞っていたけれど、彼が眠りにつくとベッドに突っ伏して泣き出した。それからずっと治らなくて、目は真っ赤に腫れてしまっている。お母さんの様子に貰い泣きしている人もいた。  あたしは式場の片隅で、お母さんの隣に座り手を握っている。  臨終にも立ち会い死に顔も見たというのに、全く現実感が湧いていない。霊安室だっただろうか。真っ白い部屋に寝かされたお兄ちゃんと会った時も、彼が死んでいるとはとても思えなかった。耳や鼻に詰め物をされているお兄ちゃんを見て、息苦しそう、なんて頓珍漢な言葉が浮かんだほどだ。人は死んでしまうと、穴から体の中身が出てきてしまう。それを塞ぐためのものらしい。  この時のあたしは小学校5、6年生だったかな。初めてのお葬式に緊張していたかと言えば、そうでもない。だからと言って冷静だったわけではないけれど。心が現実に追いつけずにいただけである。  授業中に先生に呼び出されて、お兄ちゃんの容態が悪化したと告げられた。迎えに来た両親に車へ押し込まれた後は慌ただしくて、気が付けば告別式の会場に立っていた。  秋晴れの清々しい天気だった。  雨や曇りが気持ちにはピッタリだったけど、実際の空はどこまでも青く澄んでいた。こちらの心情に天気が合わせるわけがないのだから、当然ではあるのだけれど。  こんなに悲しい日なのだから、天気も悲しんでくれたらいいのに……なんてことを考える。あたしたちの悲しみなんて構わずに、空は青いし世界はとても平和で、なんだか寂しくなってしまった。  お父さんは参列者の人たちに挨拶している。さっきまではお母さんも同じように応じていたけど、ふらりとよろめいたかと思うとしゃがみ込んでしまった。立つのも辛そうだったので、あたしたちは式場の隅で少し休ませることにしたのだ。  お母さんについていようとするお父さんに、あたしがそばにいるからと言うと、心配そうにしながらも参列者の方へ戻って行った。  とは言ったものの、お母さんに何て言葉をかければいいのか分からず、あたしは隣にしゃがみ、ただ手を握っている。  鼻をすする音が聞こえていた。お母さんが泣いている姿なんて初めて見た。だから、余計に何も言えなくなってしまう。けれど、お母さんはふいに顔を上げると、ありがとうと笑いかけた。 「お母さんがしっかりしないといけないのに……」 「いいんだよ」  涙声のお母さんに、あたしは首を振る。  すると、顔をくしゃくしゃにさせた。 「ごめんね、真帆。こんなんじゃ、天国のお兄ちゃんに心配されちゃうね。早く立ち直らなくちゃ」  ハンカチで目元を拭うお母さんにそうだねと返そうとした時、目の前を小さな虫が横切る。それに釣られて視線を動かしたあたしは、ドキリとして唾を飲み込んだ。
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