第3話

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 あたしたちは会場の片隅――建物の影に座っている。目の前には車が2、3台停まっていた。参列者のものか、それとも会場のスタッフのものか。こんな隅っこに停められているのだから、後者かもしれない。  停まっている車の向こうは生垣だ。花はなく、くすんだ緑の葉が茂っている。生垣はそんなに高くない。せいぜいあたしの腰ほどしかなかった。  その生垣の向こうに人がいる。上半身しか見えないけど、詰襟の学生服姿で、どうやら少年のようだ。  しゃがみ込んでいるあたしは、まず相手の胸が目に入った。金色のボタンがついた、黒い学生服。そこから、ゆっくりと視線を上げていく。狭い肩。尖った顎。薄い唇。さらに視線を上げたあたしは相手と目が合い、背筋を氷が滑り落ちる感覚がした。  生垣の向こうに立っているのは、お兄ちゃんだった。  ついさっき、火葬にしたはずの。  お兄ちゃんは微動だにせず、こちらを見つめている。いや、見つめているなんて、生温いものじゃない。彼はあたしを睨んでいた。まるで責めるような、暗い目で。どろりとした憎しみが滲み出ていた。  あたしは硬直したまま動けない。一瞬でも目を逸らしてしまったら、恐ろしいことが起こるような気がした。 「お、にい、ちゃん」  それだけやっと絞り出したのと、強く肩を叩かれたのは同時だった。  ハッとして我に返ると、お父さんが目の前に来ていた。 「大丈夫か、真帆?」  覗き込んでくるお父さんに、かろうじて首を振る。  お父さんはホッとしたように息を吐き、お母さんに向き直った。 「気分はどう? なんなら車で横になっていても……」  気遣うお父さんに、お母さんは大丈夫と答えると、ハンカチをポケットに仕舞う。 「もう平気よ。ありがとう。しゃんとしなくちゃね。お兄ちゃんに笑われてしまうもの」  そう言って笑うと、お父さんも表情を綻ばせる。お母さんを立たせて、ふと座ったままのあたしに気が付いた。 「真帆?」  あたしはよっぽど顔色が悪かったのか、心配そうに見てくる。そして、あたしの視線を辿って、後ろを振り返ってしまった。思わず息を呑む。  けれど、生垣を見てもお父さんは首を傾げるばかりで、そこにいるお兄ちゃんは見えていないようだった。不思議そうにしつつも早くおいで、とお母さんを支えながら戻ろうとする。あたしは咄嗟にお父さんへ手を伸ばした。  待って。すぐそばにお兄ちゃんがいるの!  あたしはそう訴えようとした。でも、それは、はたして伝えて良いのだろうか?  あたしに向けられたお兄ちゃんの目。お前も不幸になれと憎しみが込められた、暗い目。  言えない。言えるはずがない。こんなことを告げたって、2人が悲しむだけだ。嫌でもお母さんは参っているというのに。 「真帆、どうかした?」 「な、なんでもない」  まずい、と足に力を込めて立ち上がる。ふらついてしまいそうだったけど、踏ん張って何とか耐えた。  これ以上心配させてはいけない。あたしは重い足を引きずるようにして後を追う。  最後にもう一度だけ、生垣を振り返った。  そこにはやっぱりお兄ちゃんがいて、あたしに粘りつく暗い視線を送っていた。
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