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第4話
「いッたあ!」
学校の廊下に、あたしの声が響く。近くにいたクラスメイトたちが、何事だという表情で動きを止めた。けれど、あたしはその疑問に答えることはできない。お尻を襲う激しい痛みに、説明するどころではないのだ。
みんなの手には雑巾やホウキが握られている。今は掃除の時間だった。あたしも塵取りを持って廊下のゴミをかき集めていたのだけれど、ヨイセッと腰をかがめたところで足がつるんと滑ってしまった。
受け身なんてとれなかった。強かにお尻をうったあたしは、情けない声をあげることになったのだ。
「あーん、痛いよぉ」
「真帆ったら、なにやってるのー」
「萩野はほんっとドジだな」
座ったままお尻を押さえるあたしを、みんなは笑った。口々に好き勝手なことを言うので、あたしは頬を膨らませてみせる。
「ちぇっなんだよぉ。少しは心配してくれてもいいじゃんかー」
「よしよーし、すねないの」
まるっきり子供に対する口調でなだめられる。腕を引っ張って立たせてくれたのはいいけど、ほっぺをツンツンするのはやめい。ぷしゅーとアヒル口から空気が抜けて、さらにみんなに笑われる。
「ぼけっとしてるからだぞ」
一人の男子が揶揄うと、他の男子も便乗してきた。
「萩野は落ち着きがないんだよ」
「そんなんだから、何もない廊下ですっころぶんだぞ」
ここぞとばかりな反応に、おいおい君たちの方が子供じゃないかい、と思いつつあたしは笑って受け流した。
それからまた掃除を再開する。お尻の痛みも引いたので、このことはすっかりあたしの頭から消えてしまった。思い出したのは、ゴミ出しから教室へ戻って来た時である。
同じ掃除班のみんなは先に帰ったようで、教室には人影が一つしかない。誰かと思えばさっちゃんだった。
「あー! さっちゃんだ!」
つい嬉しくなってしまって、窓際の席にいるさっちゃんへぴょこぴょこ近付く。
あたしの声に、さっちゃんはこちらを向いた。
ありゃ? 眉がすごい寄ってる。
これはご機嫌斜めだな。
「あんれまー、どったの?」
「どったのじゃないわよ」
さっちゃんにキッと睨まれるが、はて、あたしはおかしなことを言っただろうか。
キョトンとするあたしの反応に、さっちゃんは眉間を指で揉む。どうやら呆れられたらしい。
「掃除の時、転んでたでしょ」
「あ、見てたの? 恥ずかしいなー。いやあ、ドジっちゃってさあ」
あれかな。
ボケっとしてるからよ、とかお小言をもらうんだろうか。これは雲行きが怪しくなってきたぞ……というあたしの予想を裏切って、さっちゃんの不機嫌の矛先は違う方向へ向いた。
「今回のドジは真帆のせいじゃないでしょ!」
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