第4話

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 そう、さっちゃんは怒鳴る。思わず大声になってしまったらしく、バッと口元を抑えた後、今度は通常の音量で言った。 「……あれ、男子共が洗剤をこぼしたせいなのよ。真帆と同じ班の奴ら。どっから見つけてきたんだか、一人が洗剤を持ってきてさ。ふざけあってるうちに、廊下にぶちまけたのよ」  苦虫を噛んだような表情のさっちゃんに、あたしはあー……と声を漏らす。  うん、知ってる。実を言うと、あたしも見てたのだ。海外製の洗剤で、面白いパッケージだったのか、おかしなキャッチコピーでも謳われていたのか、ただ珍しかったからなのか、男子たちはキャッキャっとはしゃいでいた。あたしはその様子を、元気だなあと眺めていたのだ。 「あれ、ちゃんと拭き取ってなかったのよ。だから滑ったの。なのに、真帆をあんな風に馬鹿にして……!」  我慢ならないとばかりに地団駄を踏む。  これは……あたしも見てたよと言ったら、怒られるな、うん。何で文句言わないのよって。よし、黙っておこう。 「あんたは頭にこないわけ?」 「えー? うーん? あんまり?」  まあ、いつものことだし。あたしってそういうキャラだし。  ヘラヘラ笑ってお茶を濁そうと試みるも、さっちゃんに効果なし。というか、さらに苛立たせてしまった。これはまずい。 「さっちゃん、どーどー」  両手を上下させて落ち着くようジェスチャーした。どうしたものか、と視線を泳がせたあたしは、ピタリと動きを止める。  視線の先にあるのは窓だ。いや、正確にはその向こうに広がるグラウンドである。  時刻は放課後だけれど、まだまだ夜が訪れる気配はない。運動部員たちも元気にグラウンドを駆け回っていた。この教室は1階なのでよく見える。今日は陸上部の使用日なのか、部員たちは白線を引いてタイムを計っていた。  そのワイワイと賑わう彼らを、離れた場所から眺めている生徒がいる。  敷地の端に植えられた桜の木。降り注ぐ木漏れ日で斑模様になった生徒は、声援を送るでもなくただ立っている。木の影に隠れるように佇む生徒は、詰襟の学生服姿だ。  お兄ちゃんだ。  あたしはゴクリと唾を飲み込む。  息を詰めて動けずにいると、お兄ちゃんの前を運動部員が横切る。通り過ぎた後には、木の下にはもう誰もいなくなっていた。  また現れた。いったいもう何度目だろう。  どうして今になって現れるの?  あの葬式の日以降、お兄ちゃんの幽霊を見ることはなかったのに。どうして何年も経った今になって、あたしを脅かすのだろう。  忘れるなってこと? 記憶に刻みつけるために、こうして姿を現すようになったの?  お兄ちゃんはあたしに怒っている。あたしはお兄ちゃんに嫌われていた。自分は憎しみに苦しめられているのに、あたしが忘れて能天気に過ごしていたから、思い出させにきたのだ。  サッと血の気が引く。お兄ちゃんの敵意の矛先が、あたし以外に向いたらどうしよう。例えば今そばにいるさっちゃんとかに。  思考が不吉な想像を膨らませる。 「真帆!」
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