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砂利道の両側には出店が並び、すでにお客さんの列ができていた。頭上に吊るされた提灯は、楽しげに体を踊らせている。じゅうっという音が鳴って、どこからかソースの焦げる匂いが漂ってきた。
あたしはさっちゃんの横を歩きながら、さっきの学生服の少年を思い出す。
――やっぱり見間違いじゃなかった。
年はあたしと同じくらい。遠目ではあったけどハッキリと見えた。季節外れの格好をしていることを除けば、ごく普通の少年。けれど、あたしには分かる。あれは……生きている人間じゃない。子供の頃から嫌というほど見慣れた、この世のモノではない何かだ。じわりと暑さのせいではない汗が流れる。
「ちょっと真帆! 聞いてるの?」
さっちゃんの声にハッとする。考え事をしていたせいで、話しかけられているのに気付かなかったらしい。
あたしは慌ててなに、と返事をする。
「なに、じゃないわよ。どうしたの、さっきからぼうっとして」
「あー、あはは。どの出店に行こうかなーって迷ってたの。綿菓子でしょ。焼きそばでしょ。たこ焼きに、イカ焼きに……全部買いたいけど、懐がっ」
指折り数えた後、大げさに嘆いてみせる。
「食べ物ばっかりじゃない」
「あ! 金魚すくいもやりたい! あとあと、射的もやる! 型抜きもリベンジして、去年の雪辱を果たさなくちゃ! 早くみんなのとこ行こう!」
「落ち着きなさいよ。ちょッ引っ張らないで!」
さっちゃんの腕をぐいぐい引いて、神社の奥へ進んだ。さっちゃんの気を逸らさせたかったし、表通りにいた少年からも離れたかった。お祭りにはしゃいで、不安を追い払いたかったのもある。
あれやろう、これもやりたいと出店を指差しながら歩いていた時、ふいに顔の横を小さいものがかすめて行った。それは羽虫で、ふらつきながらひと波の間を飛んで行く。その羽虫を目で追って、思わず立ち止まってしまった。
人の流れは前方の十字路で二手に分かれている。左右に伸びる砂利道には出店がずらりと並んでいるけど、真っ直ぐに続く道には店もなければ提灯もない。神社の本堂へ続く道だ。祭りの賑やかな空気から切り離されて暗い、その道の先。詰襟の学生服を着た少年が佇んでいた。
屋台の明かりに誘われた無数の羽虫が、少年の周りを舞っている。服装と相まって、羽虫は雪のようにも見えた。けれど、今は夏だ。このチグハグとした感じが、余計に少年の異質さを際立たせる。
「真帆?」
さっちゃんが呼びかけている。何か返事をしないと不審がられてしまう。けど、あたしは動けない。少年のわずかな動作も見逃さないよう、目は彼に釘付けだった。
少年がこちらへ一歩、足を踏み出す。まずい。
「ああッ」
あたしは大声をあげる。
さっちゃんに向き直ると、いきなり叫んだあたしに驚いていた。
「ごめん! あたし、落とし物しちゃったみたい! 探してくる! さっちゃんはみんなと合流して!」
「え!? あ、ちよっと真帆!」
さっちゃんの止める声が聞こえたけど、あたしは振り返らずに走った。
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