第1話

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 住宅街にあたしの走る音と、荒い息づかいが響く。とっくに日は暮れているので、辺りに人の姿はない。神社を出てみたものの、どこへ向かえばいいのか何も考えていなかった。  とにかくあの少年を振り切りたくて、あたしは駆ける。少し離れただけだと、まだお祭りの音が微かに聞こえていた。けど、それも道の角を折れた辺りで、ふつりと途絶えてしまう。すると、さっきまでの喧騒がウソのように、辺りは静かになった。  途端に心細くなる。取り残されて、ひとりぼっちにされた気分になったのだ。頭を振ってそれを払い落とし、さらに走る。あたしは後ろを振り返った。  ああ、追って来てる!  いなくなったかもしれない、という淡い期待は裏切られた。  絶望的な気分でぎゅっと目を閉じる。ごめんなさいごめんなさい、とひたすら念じた。けれど、聞き届けてもらえるはずもない。  すがる思いで逃げ込める場所を探した時、石塔のようなものに目が留まった。石を重ねただけの簡単な作りで、細い脇道の入り口にある。  あたしは咄嗟に脇道へ駆け込んだ。この道の先に何があるのかは知らないけれど、少年をまくことができないかと期待したのだ。  脇道に入り、何軒か住宅を通り過ぎた辺りで背後を窺う。 「えっ」  思わず声がもれた。  少年は脇道の入り口に佇んだまま、動かない。さらに走ったけど、入り口の塀からこちらを見るばかりで、一向に動かなかった。  どうして?  あたしと少年の距離はどんどん開いていく。ついには暗闇に溶けて、少年は見えなくなってしまった。  ひょっとして、この道の先に何かあるの?  脇道の両側は木製の塀で、この向こうには住宅の裏側が並んでいた。だから、出入りのための切れ目はなく、ずっと塀が続いている。脇道に入ってすぐのところには電灯があったけど、進むとそれもなくなり、頼れるのは後ろを向けている家々の明かりだけとなった。  その家の明かりも、奥へ行くにつれてなくなってしまう。住宅は途中で雑木林に変わり、いっそう闇が深くなった。  ……本当にこのまま進んでしまって大丈夫?  あたしは不安になったけど、引き返すわけにもいかない。入り口には、まだあの少年がいるかもしれないのだ。  立ち止まりかける足を鼓舞し、揺蕩う闇の中をあたしは進んだ。
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