第2話

3/4
前へ
/36ページ
次へ
 一瞬、体が強張ってしまったけど、歩みを止めないですんだ。  反応しちゃダメ。  ひっかけなんだから。このまま無視しないと。  聞こえないふりをするあたしに、なおも子供は呼びかけてくる。 「ねえ、そこの子。昨日、追いかけられてた子」  最後のセリフに、思わず待合所をチラッと見てしまった。すると、頭でっかちの子供と目が合う。子供は無表情にこてんと首を傾げた。 「神社の近くで、逃げてた。人じゃないヤツから」  昨日の見られてたんだ。  あたしは観念して立ち止まり、子供の方を向いた。でも、いつでも走り出せるように身構えておく。子供はあたしの警戒を気にした風でもなく、斜めっていた頭を今度は反対側へ傾けた。 「あのね。そこにね、何かいる?」  子供はあたしに注いでいた視線を下げる。つられてあたしも下を向いた。子供はあたしの足元を見ているみたいだけど、特に何の異常もない。 「……何もいないよ?」 「いるの。隠れてるの。オデがここから出ようとすると、現れる」  子供は地面を睨みつける。もう一度あたしも下を見るけど、白茶けた地面があるだけで蟻1匹いなかった。隠れているらしいが、近くには待合所以外にはあぜ道と田んぼしかない。何かが潜める場所はなかった。 「ほんとに何かいたの?」 「いた。ちょっと待って」  子供はぴょんっとベンチから飛び降りる。ててて、と待合所の出入り口に近寄ってきて、恐る恐る外を覗いた。 「ほらあ! いたー!」 「え? どこに?」  キョロキョロと見回してみても、あたしと子供以外の姿はない。 「ここ! ここにいる!」  興奮して地面を指す。指し示す場所には待合所の屋根の影と、そこからニョキッと突き出た子供の影があった。ここ! ここ! と言う度に、彼の頭の影が揺れる。すると、ひいっと子供が怯えた声を上げた。 「動いた! ほら、何かいる! やっぱり隠れてた!」 「ええっと」  ひょっとして、この子は自分の影を怖がっているのかな? だから、屋根の下から出られなくて、ずっとベンチにいたのか。  子供は我慢できなくなったのか、待合所の中へ逃げ帰っている。隅っこに縮こまり、ふるふると震えていた。 「追い払って!」 「ええー」  どうやって。  影を消すなんて芸当、あたしは使えないぞ。これは影ですって説明しようか? ううん。分かってもらえるかな?  考えている間も、子供は早く早くと急かしてくる。どうしたものかと困った時、ふとカバンにあるものが入っているのを思い出した。  そうだ。あれ、使えないかな。  あたしは肩から下げたカバンの中を探す。しばらくゴソゴソと漁ると、目当てのものを見つけた。 「こっちおいで」  怯えている子供に呼びかける。不安そうな相手に大丈夫だから、と笑ってみせた。子供は疑っている目付きで、そろそろとこちらへ出てくる。  出入り口に近付いた辺りで、あたしはカバンから取り出した折り畳み傘を広げた。 「なに、それ」  初めて見たらしい折り畳み傘に、子供はびくついている。 「折り畳み傘。怖くないよ。ほら」  あたしは傘を子供の方へ傾けた。 「こうすれば、さっきの奴は出てこないよ」  子供はおっかなびっくり片足を屋根の下から出す。けれど、彼の影は折り畳み傘の影に重なって見えない。  子供は怖いものが現れないと知ると、ピョンピョン飛び跳ねて喜んだ。 「やった。いなくなった! それ魔除け?」 「あー、うん。そんな感じ」  説明が大変なので、相手に話を合わせる。  それから子供があんまりすごいすごいと褒めるので、あたしはつい笑ってしまった。
/36ページ

最初のコメントを投稿しよう!

19人が本棚に入れています
本棚に追加