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一瞬、体が強張ってしまったけど、歩みを止めないですんだ。
反応しちゃダメ。
ひっかけなんだから。このまま無視しないと。
聞こえないふりをするあたしに、なおも子供は呼びかけてくる。
「ねえ、そこの子。昨日、追いかけられてた子」
最後のセリフに、思わず待合所をチラッと見てしまった。すると、頭でっかちの子供と目が合う。子供は無表情にこてんと首を傾げた。
「神社の近くで、逃げてた。人じゃないヤツから」
昨日の見られてたんだ。
あたしは観念して立ち止まり、子供の方を向いた。でも、いつでも走り出せるように身構えておく。子供はあたしの警戒を気にした風でもなく、斜めっていた頭を今度は反対側へ傾けた。
「あのね。そこにね、何かいる?」
子供はあたしに注いでいた視線を下げる。つられてあたしも下を向いた。子供はあたしの足元を見ているみたいだけど、特に何の異常もない。
「……何もいないよ?」
「いるの。隠れてるの。オデがここから出ようとすると、現れる」
子供は地面を睨みつける。もう一度あたしも下を見るけど、白茶けた地面があるだけで蟻1匹いなかった。隠れているらしいが、近くには待合所以外にはあぜ道と田んぼしかない。何かが潜める場所はなかった。
「ほんとに何かいたの?」
「いた。ちょっと待って」
子供はぴょんっとベンチから飛び降りる。ててて、と待合所の出入り口に近寄ってきて、恐る恐る外を覗いた。
「ほらあ! いたー!」
「え? どこに?」
キョロキョロと見回してみても、あたしと子供以外の姿はない。
「ここ! ここにいる!」
興奮して地面を指す。指し示す場所には待合所の屋根の影と、そこからニョキッと突き出た子供の影があった。ここ! ここ! と言う度に、彼の頭の影が揺れる。すると、ひいっと子供が怯えた声を上げた。
「動いた! ほら、何かいる! やっぱり隠れてた!」
「ええっと」
ひょっとして、この子は自分の影を怖がっているのかな? だから、屋根の下から出られなくて、ずっとベンチにいたのか。
子供は我慢できなくなったのか、待合所の中へ逃げ帰っている。隅っこに縮こまり、ふるふると震えていた。
「追い払って!」
「ええー」
どうやって。
影を消すなんて芸当、あたしは使えないぞ。これは影ですって説明しようか? ううん。分かってもらえるかな?
考えている間も、子供は早く早くと急かしてくる。どうしたものかと困った時、ふとカバンにあるものが入っているのを思い出した。
そうだ。あれ、使えないかな。
あたしは肩から下げたカバンの中を探す。しばらくゴソゴソと漁ると、目当てのものを見つけた。
「こっちおいで」
怯えている子供に呼びかける。不安そうな相手に大丈夫だから、と笑ってみせた。子供は疑っている目付きで、そろそろとこちらへ出てくる。
出入り口に近付いた辺りで、あたしはカバンから取り出した折り畳み傘を広げた。
「なに、それ」
初めて見たらしい折り畳み傘に、子供はびくついている。
「折り畳み傘。怖くないよ。ほら」
あたしは傘を子供の方へ傾けた。
「こうすれば、さっきの奴は出てこないよ」
子供はおっかなびっくり片足を屋根の下から出す。けれど、彼の影は折り畳み傘の影に重なって見えない。
子供は怖いものが現れないと知ると、ピョンピョン飛び跳ねて喜んだ。
「やった。いなくなった! それ魔除け?」
「あー、うん。そんな感じ」
説明が大変なので、相手に話を合わせる。
それから子供があんまりすごいすごいと褒めるので、あたしはつい笑ってしまった。
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