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折り畳み傘をあげるというあたしの申し出を、子供は首を勢いよく振って断った。少し先にある山に住んでいるとのことなので、傘を貸してあげて山まで送ることにする。
なんでも、昨夜、住んでいる洞から初めて出て来たらしい。夜の間ずっとあっちこっちを探検して、バス停の待合所で休憩をとった。気がつくと日が昇っていて、帰ろうとしたら、黒い不気味なモノが現れて待合所から出られなくなってしまったと言う。
舌足らずな説明を聞きながら、2人で並んで歩く。
あたしたちはあぜ道を抜け、国道に出ていた。片側の鉄柵からは今通って来た田んぼが広がり、反対側はコンクリート道路を車が行き交っている。
「いきなり、出てきた。びっくりしたあ」
「そっかー」
あたしは笑って相槌を打つ。でも、内心は誰かに見られてはいないか、ヒヤヒヤしていた。傍目からだと、独り言をつぶやいているようにしか見えない。知り合いに目撃されたらと想像すると、周囲を窺わずにはいられなかった。
警戒しているあたしとは打って変わって、隣の子供は上機嫌で飛び跳ねながら歩いている。手に持った傘をくるくると器用に回していた。
「君って、親切。ニンゲンって、もっと怖い、思ってた」
子供は片言で言うと笑った。彼のあどけない表情に、チクッと胸が痛む。周囲の目ばかり気にして、うわの空で聞き流してたのが申し訳なかった。
しばらく進んで横断歩道を渡る。ポストの角を曲がって、木漏れ日がさす道に入った。この先に山へ登る道がある。
「オデ、なにか、お礼したいなあ」
唐突な言葉にきょとんとする。あたしが呆気に取られていると、お礼がしたいと繰り返した。
「なにが、いいかなあ」
「お礼なんていらないよ」
あたしは固辞するけど、子供は全く聞いていない。うーんうーんと大きな頭を左右に傾けている。
「でもなあ。オデ、なんにも、持ってないからなあ……そうだ」
子供はグリンッとあたしの方を振り向く。そのあまりの勢いの良さに、思わずビクッとなってしまった。
「いいこと、教えてやる!」
さも妙案とばかりに子供は顔を輝かせた。
いいこと? いいことってなに?
困惑しているあたしなんてお構いなしに、あのなあのな、と子供は嬉しそうにジャンプする。
「近くにな、便利な店、あるんだ!」
「お店?」
お店って、何のお店? それがいいことなの?
子供は得意そうな顔で、知恵貸屋っていうんだ、と言った。
「知恵貸屋?」
「そう! なんかなー、困ったことをなー、カイケツしてくれんだって!」
まるで自分がそれをできるみたいに、子供は胸を張る。
「君もな、なにか、困ったら、行くといい!」
知恵貸屋なるものが何なのか分からないけど、ニコニコ笑う子供にあたしも笑い返した。
「うん。じゃあ、困ったことがあったら、探してみるね」
そうしろ! とはしゃぐ子供を微笑ましく眺めながら、心の中で困ったことか……とつぶやいた。
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