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第1話
「死ぬよ」
鋭い声と共に、右腕を強く掴まれた。
途端に意識を飛ばしていた耳に、祭りの喧騒が届く。親子の笑い声、店子の呼び声、若者たちの話し声。それらが混じり合い、焦燥感を掻き立てる細波となって、あたしの耳に打ち寄せる。
住宅街にある神社の前だった。浮き足だった人たちが、鳥居へ吸い込まれてゆく。ちらほらと浴衣を着ている人もいて、夕闇の中、赤い提灯に照らされる様は泳ぐ金魚のよう。
神社の方に気を取られていたあたしは、腕に爪が食い込む感覚で引き戻された。腕を掴んでいる相手を振り返ると、怖い顔をしたさっちゃんが、あたしを睨んでいる。
「なにぼうっとしてんの、真帆」
危ないって、と腕を引っ張られる。ここでようやく後ろにトラックが来ていたのに気付いた。いつの間にか車道へはみ出してしまっていたのだ。出店のトラックなのだろう。荷台には段ボールや紅白の垂れ幕が積まれている。避けるとトラックは追い越して、神社の敷地に入って行った。すれ違いざま、運転手のおじさんに軽く会釈される。
颯樹ことさっちゃんは、眉間に皺を寄せて腰に手を当てた。
「なにしてんの、もう」
「ごめん、ごめん。お祭りってなると、そわそわしちゃってさー」
怒られたあたしは頭を掻いて、へらへらと笑う。すると、盛大に溜息をつかれた。
「だからって、気付かないもん? あんな近くまで来てたのに。あんたも高校生なんだから、ちょっとはしっかりしなさいよ」
くどくどとした説教に首をすくめる。
「落ち着きがないのは子供の頃からだよー。そうそう直せないって」
あたしは拗ねたように唇を尖らせてみせるけど、さっちゃんは慣れたもの。そんなあたしには構わずに、みんなが待ってるよと先へ行ってしまった。あたしは慌てて追いかける。
短髪のあたしは首筋が剥き出しで、汗ばんだそこを風が撫でた。まだ昼間の熱が残っていて風は生温かったけど、あたしにはひんやりとして感じられる。首に手をやり、何気なく背後へ視線を投げた。
親に手を引かれている小学生くらいの女の子。肩を並べて歩く少年と少女はカップルだろうか。神社の垣根のそばには、中学生くらいの男の子たちがたむろしている。友達を待っているのかもしれない。
思い思いに祭りを訪れている人たちの中、黒っぽい少年の姿が雑踏の隙間からちらりと見えた。黒っぽく感じたのは、少年が詰襟の学生服を着ているからだ。真夏の季節に、全身を包む黒い服は異質に映る。
あたしはさっと顔を正面に戻す。バクバクと嫌な音を立てる心臓を、服の上から押さえ込み、さっちゃんを追いかけて神社に入った。
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