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「今日も猛暑か…。うんざりだな。」
佐賀文哉は職場から数kmの家に住んでおり、車での通勤は許可されず原付での通勤をしており、今から夜勤に向かう所だった。
台風が南西に発生していたが、日本には高気圧が張りだしていたため直接の影響はないものの、大気の状態は不安定になっており、文哉の住んでいる地域には大雨・竜巻・雷の警報が出ていた。
文哉はいつもの合羽をカバンに入れたが、「職場まで雨はなんとか大丈夫やろ。」といつもの恰好で原付のエンジンをかけて、普段の出発時間と同じ時間に家を出た。
頭上を見上げると、グレーの雲の濃度がいつもとより遥かに濃かった。
ゲリラ豪雨でずぶ濡れになるのは勘弁なので、「少し急がないかん。」と、文哉は道路状況には気を付けつつ、職場へ急いだ。
その時である。バックミラーに見た事のない雲の渦のようなものが映っていた。
一瞬だけ振り向くと、間違いなく「竜巻」だった。
生の竜巻を見たのは初めてだった。バックミラーにはずっと映っており、今自分は竜巻に追いかけられている。
天気予報を見て、大雨と雷は気にしていた、まさか「竜巻」が現れるとは…。
だが竜巻は大きな道を通るだろうから、アクセルふかせて知ってる限りの路地裏の道を選んで文哉は必死に逃げた。
しかし、竜巻は家があろうがおかまいなく近づいてきた。とにかく速い。
遂に文哉は原付ごと竜巻に吸い上げられてしまった。
いったい何メートルくらい飛ばされたのか全くわからなかったが、文哉の思考はなぜかスローモーションになった。
なぜか分からないが、ベートーヴェンの”交響曲第9番”が頭の中で流れていた。
頭上ではまさかの自動販売機がゆっくり回転している。「自動販売機の裏側ってこうなってたのか。」と妙に冷静な感想がうかんだが、自分も同様に吹き飛ばされている。
「ここで死ぬのか…。」と頭によぎった時、上空の渦からはじかれ文哉は落下した。
幸い落下した場所は大きな公園の池だった。とはいえ、10メートルくらいの上空からの落下である。目撃者にすぐ119番通報され救急搬送された。
落下した自動販売機もぐっしゃりと変形し、おびただしい数の缶入り飲み物が辺りに散乱していた。
全身外傷と、吸ってしまった水の排水治療で文哉は即手術となってしまった。
勤務先の通勤災害と溜まっていた有給休暇で、治療費と働けなかった分の金銭的なカバーはできたが、文哉は全治2か月の入院を強いられた。
今回の竜巻は全国ニュースになっており、怪我人が2名出ていると発表されていた。
続けてこの地方が竜巻の発生しやすい「竜巻銀座」であることをキャスターがコメントしていた。
「竜巻銀座…?」初めてきいたワードだった。
「竜巻街道」のことをそう呼ぶらしいが、二度と忘れられない今回の体験としては文哉には「竜巻銀座」の方がしっくり来た。
とりあえずアバラが痛い。この後痛み止めを飲まねば。
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