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月影高の快進撃
「まずは追いつくぞ! 行くぞおっ!!」
「おうっ!!」
一塁側ベンチの前で組んだ円陣が解け、声出しをしたキャプテンの小林がバッターボックスに向かう。背番号6のゼッケンが赤茶色に汚れている。彼のポジションは遊撃手、今日も難しい打球に飛びつき食らい付き、ファインプレーを重ねてチームのピンチを救ってきた。
K県県大会、準決勝戦。万年弱小校のわが県立月影高等学校野球部が地区大会を勝ち上がったのは、創部48年で初の快挙だ。しかも強豪校が犇めく県大会を準決勝まで駒を進めてきたことは、もはや“春の珍事”だと地元マスコミが騒ぎ立てている。
三塁側ベンチに入る相手校は、私立玉英高等学園。野球部は創部10年ながら、春夏合わせて8回の甲子園出場を果たし、県内強豪校の一角だ。
よく……やって来たよ。
9回表、スコアは【1-4】。3番小林、4番間宮、月影高の快進撃を支えた中軸の2人が揃って内野ゴロに倒れた。あとアウトカウント1つで試合終了。月影高球児たちの夏が終わる。重い現実を前に、けれども俺は晴れやかな心持ちでバッターボックスに入る背中を見つめる。
『5番、捕手、宮田君』
球場に響く女生徒のアナウンスに、応援席から必死の歓声が上がる。扇の要、月影高の“オカン”こと宮田望は、投手が苦しいときには頼もしい笑顔で励まし、強気のリードで勝利を呼び込んできた。地道な努力家でもあり、誰よりも早く練習を始め、誰よりも多く走り込んでいた。その成果は2年の秋に現れ、長打率が上がって5番を掴み取った。
せめて一矢。玉英高の背番号11番、控え投手の楢橋君も、粘る月影高ナインのお陰で普段より球数を要し、球速がやや落ちている。
「京田監督、西の空が」
スコアラーとしてベンチ入りした2年の遠藤が言いかけた途端、フッとグラウンドが翳った。
キーン!!
鋭い金属音が響いて、宮田が一塁を駆け抜ける。ピッチャー返しの打球は中翼に転がり、素早く拾った中翼が二塁手に鋭く返した。宮田は一塁止まりだが、月影高ベンチはわあっと沸いた。
爆発的な歓喜を掻き消すように、雷鳴が轟いた。
6番打者は既にバッターボックスに入っていたが、審判員が手を上げてプレイを止める。青天の霹靂――あの夏が脳裏に浮かんだ。
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