初雁商の夏

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 中断から約30分後。降り出しと同様、雨は唐突に止んだ。グラウンド整備を終えて、試合再開だ。 「もう一回、仕切り直しだ。あとひとり、落ち着いて仕留めに行くぞ」 「分かってる」  ベンチを飛び出す直前、林原と言葉を交わした。キャッチャーボックスに立つと、各々のポジションに散っていった外野手、内野手の動きに視線を走らせる。ブルーシートのかかっていなかった内野には土が入れられていたが、やはり足場は緩んでいるようだ。林原もマウンドの状態をスパイクで確認している。投手とは繊細なもので、マウンドの固さや傾斜が僅かでも変わると、制球が乱れてしまうのだ。  投球練習で受けた球は、若干コントロールにバラつきが出ていた。1回から蓄積された疲労が、肩や肘の稼動を鈍らせている。これは“中断あるある”で、ずっと緊張の中で分泌されていたアドレナリン(興奮ホルモン)は、中断によって一旦引いてしまう。すると、疲労感だけがドッと残り、もう一度中断前のレベルまで緊張と興奮を戻すことは難しい。プロの選手でも、グラウンド整備が終わったあとの6と言われるが、それにはこんな身体的理由があるのだ。  まずいな。林原は、コーナーを丁寧に突く技巧派なのに。  俺の予感は的中した。下位打線の8番バッターにフォアボールを出すと、続く9番は平凡なサードゴロがイレギュラーバウンドしてヒットになった。更に、1番にはユニフォームを掠る程度の、けれどもデッドボールを与えてしまった。バタバタと、あっという間にツーアウト、満塁。林原の表情が強張っている。
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