夏の消失点

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夏の消失点

 夏の大会が終わり、例年通り3年生は引退した。新入部員が入るのは来春なので、部室の個人ロッカーを片付けるのはまだ先でいいのに、将真は敗戦の3日後には私物を引き上げに現れた。後輩たちがグラウンドを走っていて、部室が空になる時間をわざわざ見計らって。このタイミングで遭遇することを、なんとなく予感して――俺は待ち構えていた。 「随分、早いんじゃないか」 「……来ないからな」  無愛想な横顔で、予備のトレーニングウェアなんかをカバンに無造作に詰める。それから、利き手ではない左手で少し不自由そうにほうきを操り、ロッカーの底に溜まった塵を掻き出した。右肘の包帯がやけに白い。ピッチャー返しをまともに受けて骨折を免れたのは、ラッキーだった。 「監督に挨拶は?」 「ああ、もう済ませた」 「どうせ、このまま帰るんだろ? ちょっと付き合えよ」  平気な表情を装っているけれど、俺には分かる。将真は、誰にも……俺にも会いたくなかったんだろうってことくらい。  彼の作業を手伝うことなく、自分のカバンを肩にかけた。ジロリとこちらを睨め下ろしてみたものの、将真は諦めたように空になったロッカーの扉を閉じた。 「走ってんなあ」  後輩たちの視界に入らないように注意しながら、川の土手の上に続く遊歩道に駆け上がる。ポプラ並木が長く続いており、木立の隙間からグラウンドの様子が小さく見える。今日のトレーニングメニューは何周なのか、顎を上げてゴールラインに倒れ込む姿もちらほらある。 「その肘、痛むか?」 「いや……ああ、少しな」  将真はグラウンドには目もくれず、遊歩道の先を見据えている。一本道なのに、まるで迷うまいと必死の……強張った眼差しで。 「お前、野球やめるの?」  キャッチャーというポジション柄、つい先を読む癖が抜けない。一瞬頷きかけた首を、彼はぎこちなく傾けて、俺を振り返る。 「まぁ……趣味程度には続けるさ」 「嘘つけ」  リトルから同じ夢を追いかけてきた俺に、そんなが本気で通用すると見くびられたのなら、一発殴ってやりたいところだ。ケガ人? そんなの構うかってんだ!
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