夏の消失点

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「セレクションがさ、ほとんど今月中なんだよ」  寒色から暖色に変わりつつある空に向かい、ふうっと軽やかな息を吐く。どこか諦めにも似た将真の様子は、建前に逃げなかったことを物語っている。  セレクションとは、大学の野球部で実施している選考会のことだ。入部を希望する参加者を募集して、実際に体力や技術力や人間性なんかを測定する。セレクションに合格すれば、スポーツ特待生制度で大学入試そのものが免除されることもある。一方、大学によっては、セレクションで合格しなければ、一般入試で合格しても野球部には入れない、なんてこともあったりする。  セレクションの実施は、確かに7月下旬から8月上旬に開催されることが多い。 「この肘じゃ、参加したところで受かりゃしねぇ」  まともに制球できないんだから――独り言のように吐き捨てた。 「お前は? 大学でも続けるのか?」  ずっと追いかけてきた夢を手放す決意は、如何ほどだったろう。憤りも、怒りも、涙さえも見せないのは、彼のプライドだ。 「俺は、もう少し続けてみようと思う。あ、プロを目指そうっていうんじゃないんだ。教職を取って、いつか指導者になれたら……俺たちみたいに野球好きの子どもを増やしてみたいなって」  だから、真摯に向き合った。  K県内の強豪校と言われる初雁高に進学して、懸命に努力してきたけれど、俺にはプロで通用する程の肩もないし、打率をはじめとした打撃の成績もそこそこだ。だけど野球が好きだし、野球に関わる仕事がしたい。そう考えてたどり着いた答えが“指導者”だった。だから、大学はコーチングとスポーツ心理学が学べるところを志望している。 「そうかぁ……なんか、信之介らしいな」 「ありがとう」  茜色が降りてきて、世界を染める。足元の影が道の先に伸びる。遊歩道の左右の端は先細りの彼方で交わって見えるが、本当はどこまで行っても重なりはしない。消失点で収束するように見える平行線が、実際には決して交わることがないように。  同じ夢を追いかけてきたはずの俺たちは、いつの間にか違うゴールに向かう別々の道を選んでいたのだ――。 「もう一回……いや、あと一回でいい。俺たちのバッテリーで勝ちたかったなぁ、信之介」  数歩先でくるり180度、俺に向き直った将真は、鮮やかな残照の中で満面の笑顔を見せた。
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