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消失点のその先へ
カラリと晴れた青空の下、一塁側ベンチの前では再び円陣が組まれた。
突然の雷雨から25分。大会本部が雨雲レーダーを確認し、試合は再開された。
わが月影高の選手たちは驚異の粘りを見せ、ツーアウト一塁から3点をもぎ取り【4-4】、同点に追いついた。ラッキーな内野安打と相手野手のエラーが絡んだとはいえ、諦めない精神は賞賛に値するものだろう。
そう――どんなに絶望的な状況でも、諦めてはいけないのだ。
「わあああっ!!」
月影高の応援席が俄に騒がしくなった。
「京田監督、あそこにっ!」
憧れのスターの登場に、遠藤のスコアブックを握る手が震えている。
「ああ、九州からよく来てくれたなぁ。昨夜登板したばかりなのに」
2日前、月影高が準々決勝戦を勝ち抜いた夜のことだ。遠征先からホーム球場に戻る途中で応援に駆けつけるから、と律儀な電話をもらった。プロの世界で輝いても、アイツは昔と変わらない。俺の元相方であることを誇ってくれる――俺には、なにより嬉しく誇らしい。
セレクションを受けられなかったアイツは、とにかく我武者羅に勉強した。そして、右肘の怪我が癒えるときついリハビリに耐え、一から身体と投球フォームを作り直した。秋の終わりに人の縁で、とある大学の野球部の練習に加わると、その大学を一般入試で受験して見事合格。大学野球では投打で活躍したものの、ドラフトにはかからず就職した。けれども社会人野球で結果を積み重ねた2年目の秋、遂にプロの道が開けたのである。
『練習は「もう一回」、本番は「あと一回」』
月影高の部室には、アイツが書いた色紙が飾られている。
練習では「もう一回」、「もう一回」と何度でも繰り返して心身を鍛え上げ、試合本番では「あと一回しかない」という覚悟の元に全力を尽くせ――そんな意味が込められている。
9回裏が始まる。キャプテンの小林が仲間たちを鼓舞する。
「みんな、あと一回だ! この一回を大切に、行くぞおおぉっ!!」
「おうっ!!」
真夏の日差しが降り注ぎ、薄ら陽炎が立ち上るグラウンドに、月影高ナインが散っていく。
俺は、泥だらけの背中に目を細めた。
【了】
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