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Fはその日以来、少しずつ様子がおかしくなっていきました。講義中も上の空で休みがちになり、メールや電話をしても返事がなく、やがて大学に来なくなってしまいました。
噂で、退学したと聞いた頃には、Fとはすっかり連絡が取れなくなってしまっていました。
大学を卒業し、就職して数年経った頃、大学の同期と会う機会がありました。あのとき、一緒に天体観測に行った友人のひとりです。
その友人と飲みに行き、思い出話に花を咲かせていたのですが、ふと彼が「Fのことなんだけど」と言い出しました。
「いきなりの退学だったよな。家庭の事情だったとか聞いたけど。今どうしてるだろうなあ」
僕が言うと、友人は表情を曇らせました。
「結構大変だったらしいぜ。俺も人づてに聞いたんだけどな。なんか、母親が変な宗教にはまっちゃったらしくてさ。家に妙な連中が出入りしてたとかって。近所でも噂になってたらしい。母親が金をどんどん宗教とやらにつぎ込んじゃって、大学どころじゃなくなったんじゃないかって……。そんでいつのまにかFの家族全員、夜逃げ同然にいなくなってたんだと」
思いもよらない話に絶句しました。
友人はなんともいえぬ表情を浮かべ、思いを吐き出すように一気に話しました。
「それで、これ、お前にくらいしか言えないんだけど……。あのとき、ほら、最後にみんなで出かけたとき。山に行って天体観測しようって……。あのとき、変な女ふたり拾ったろ。それで、俺も最近、知ったんだけど……あの辺りって、なんかワケわからん新興宗教の施設があったらしくて。今もあるかは知らないけど。……それでさ、Fの母親がはまったってのも、その宗教だったらしいんだよな……」
「なんだよ、その話……。だからなんだっていうんだ? そんなの、偶然だろ」
「そうだよな。うん。変なこと言って悪い。でも変なこと考えちゃって。……あのときの車、Fんちのだったろ、だから」
「だから、なんだよ」
「いや……なんでもない」
恐らく僕たちは同じことを考えていたと思います。しかし、あまりに不確かな考えだったために、お互い口をつぐんだのでした。
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