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Aの案内に従って車を走らせ、十分ほど経った頃だったでしょうか。Aが「あそこ、あそこで止めてください」と言いました。
そこにあったのは『ドライブイン』と看板が掲げられた、さびれた建物でした。
真っ暗で電気はついておらず、看板の文字も剥げかけていました。駐車場のコンクリートはひび割れて、そこら中雑草が茂っており、とっくに営業を辞めた場所に見えました。
「本当にここでいいんですか」
「ええ、ここに家族が迎えに来てくれるんで大丈夫です。ありがとうございました」
Aはにこやかにそう言うと、するりと車から降りました。
しかし、Bはなかなか降りようとしません。
よく見ると震えてるし、呼吸もおかしい。本当に具合が悪そうだ。いっそこのまま山を下って、病院にでも連れて行った方がいいんじゃないか……。
内心迷っていると、
「何をしているの。さっさと降りなさい。ご迷惑でしょ」
Aが驚くほど冷たい声で言いました。その一言で、Bはまるでぶたれたかのように慌ただしく車から降りました。
AはBの腕をさっと掴んで、車中の僕たちに笑顔を向けました。
「本当に助かりました。暗いですから気をつけてくださいね」
Bはその隣で俯いていました。そのとき、ほんの一瞬ですが、Bと目が合ったのです。
黒々とした、まるで小動物のような、ひどく怯えた目でした。何かを必死で訴えかけているような……。
僕はドキリとして、自分たちは今、何か取り返しのつかないことをしているんじゃないか、と感じました。
――俺たち、このまま行ってもいいのかな。なんか変だよ、やっぱ。
「いえ、おふたりも気をつけてくださいね。それじゃ」
僕の思考を断ち切るように、Fはやけに大きな声を上げて車を発進させました。
僕は慌ててドライブインに残されたふたりを見ようとしましたが、あっという間に見えなくなってしまいました。
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