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「なんか、あれだな。山道に人を置き去りにするとか、本当にあるんだなあ」
「な、そんなんされたらもう縁を切るね、俺は」
「でも女でよかったよな。もし男だったら乗せてなかったよ。怖ぇもん」
ふたりを降ろした後、友人たちと軽口を叩き合いましたが、何となく会話は弾みませんでした。
僕は耐えきれずに言いました。
「てかさ、あのふたり、なんか変じゃなかったか」
「え?」
「いや、はっきりとは言えないんだけど。友人って言ってたけど、年が離れてるように見えたし、どういう友人なのかなとか考えちゃって」
「ああ、最初に座り込んでた女、どう見ても高校生がそこらだったよな。わかんないけど、なんか趣味仲間とかじゃねえの。でも、確かになんか変だったかもな」
「服もさあ、なんか、山にドライブって感じの服じゃなかったよな。ふたりとも。オバサンの方はどっかの事務員みたいだったし、若い方は部屋着でそのまま出てきたみたいなさ。もう結構寒いのに上着も着てなかったし。それに見たか? あの子サンダル履いてたよな? ミュールとかじゃなくて、ばあさんが履くみたいなつっかけ。しかも泥だらけ。ああいうのが流行りなんかね」
話しているうちに、僕の中でどんどん違和感と嫌な想像が膨らんでいきました。
――あのふたりは本当に友人同士だったのだろうか。いや、やはりそうは見えなかった。女の子の方は様子が変だったし、明らかに怯えていたではないか。俺たちは何か見落としたのではないか。例えば、何か、犯罪とか、そういうものにあの女の子は巻き込まれているのでは?
例えば、女の子は何かから逃げ出して、女がそれを追ってきて、捕まえたところに俺たちが通りかかって……。
「――なあ、本当にあんなとこに置いてきて良かったのかな。やっぱ、戻った方が」
「あそこで降ろせって言ってたんだからいいんだよ。それに、戻れって言われても俺は戻らないからな」
それまで会話に加わっていなかったFがきっぱりと言いました。
強い口調にむっとして、「なんだよ、お前気にならないのかよ」と言い返すと、Fは鼻から大きく息を吐きました。
「悪い。今日はもう帰ろう」
「なんだよ。お前が言い出したのに」
「どうした? 星見に行かねえの?」
助手席に座っていた僕はハッとしました。
Fの横顔はひどく緊張した様子で強ばっていたのです。いつもは柔和な表情を浮かべた落ち着いたやつだというのに、イライラと不安そうな顔をしていました。
「おい。どうした」
Fは僕を横目で一瞥すると、低い声で言いました。
「――あのドライブイン、中に誰かいた」
「えっ」
僕が声をあげると、後部座席のふたりもぎょっとした様子でした。
「誰かって、なんだよ」
「見間違いじゃないのか」
「駐車場に入ったとき、ライトに照らされて店の中が見えたんだ。誰かいた。一人じゃなかった。お前らは見なかったのかよ」
「見てないよ……。マジか?」
「あれじゃね? 家族が迎えに来るとか言ってたし、もう迎えに来てて中で待ってたのかも」
「雨も降ってないのに、あんな寂れた建物の中で待つか? 普通、外で待ってるんじゃないか?」
「でも、駐車場に車とかなかったぜ」
「とにかく、俺は無理だ。帰る。文句があるやつは降りてくれ」
「わかった、わかった。帰ろう。確かに天体観測って気分でもなくなったよな」
運転手のFにそう言われては仕方ありません。僕らはそのまま山を下りました。
そして、Fと遊んだのはその日が最後になりました。
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