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「ゲルセミね、フノスお姉さまが前に食べていた形がほしい」
「うさぎさん」
席を立った姉が、切り方についての具体的な要望を口にしつつ、妹の後を追いかける。
体重を全く感じさせない、軽やかな足音だ。
姉妹が淡い金髪を揺らしながら駆けてくる。
ほどなくして、手を伸ばせば届く距離まで妹が迫ってきた。速度を緩める様子は見られない。それどころか、両手を広げて私の左太もものあたりをつかんできた。
「そう、うさぎさん! 早く早く」
抱きつかれた衝撃で体の重心がずれて、首飾りがわずかに宙を舞う。
数秒の間、宝石の重みがなくなった。かと思えば、すぐに戻ってきて胸を打ちつけ、一瞬だけ息が詰まった。間髪を入れずに姉が右太ももへ抱きついてくる。
皿が傾き、りんごと包丁が皿の上を滑ってかすかな音を立てた。
動揺を押し殺して皿を水平に戻す。
幸いにも大事には至らなかった。念のため、手持ち無沙汰な右を包丁の柄に添える。
「またこんなことをして、危ないじゃない。悪い子にうさぎりんごはありませんよ」
口調は穏やかに、包丁を握る力は爪が食い込みそうなくらいに。
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