はじめから

3/5
前へ
/88ページ
次へ
「ゲルセミね、フノスお姉さまが前に食べていた形がほしい」 「うさぎさん」  席を立った姉が、切り方についての具体的な要望を口にしつつ、妹の後を追いかける。  体重を全く感じさせない、軽やかな足音だ。  姉妹が淡い金髪を揺らしながら駆けてくる。  ほどなくして、手を伸ばせば届く距離まで妹が迫ってきた。速度を緩める様子は見られない。それどころか、両手を広げて私の左太もものあたりをつかんできた。 「そう、うさぎさん! 早く早く」  抱きつかれた衝撃で体の重心がずれて、首飾りがわずかに宙を舞う。  数秒の間、宝石の重みがなくなった。かと思えば、すぐに戻ってきて胸を打ちつけ、一瞬だけ息が詰まった。間髪を入れずに姉が右太ももへ抱きついてくる。  皿が傾き、りんごと包丁が皿の上を滑ってかすかな音を立てた。  動揺を押し殺して皿を水平に戻す。  幸いにも大事には至らなかった。念のため、手持ち無沙汰な右を包丁の柄に添える。 「またこんなことをして、危ないじゃない。悪い子にうさぎりんごはありませんよ」  口調は穏やかに、包丁を握る力は爪が食い込みそうなくらいに。
/88ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加