だるま落としの個人レッスン

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 部室から大笑いが聞こえる。そこに副部長の素風(そよか)が来て横に立って言った。 「入りなよ。幹壱(かんいち)が修学旅行で買って来ただるま落としに超ハマって大盛況よ」  生徒会の仕事で遅れた僕が入って行くと、幹壱と薫太(くんた)が立ち上がって僕を手招き。 「素風、ジュース買って来てくれた? 」 「うん、優勝者にはジュースでアイス付きだよ。一応そこのミニ冷蔵庫に入れるからね」  僕らの部活は来年に廃部が決まっている。去年の廃部予定が延長。新聞部は校内のニュースを取材し掲示板に貼っていた。もう取材に行く事がないと思うと寂しい。 「颯希(そうき)、もちろん一緒にやるよな」 「やるさ。アイス食いたいし。生徒会室は暑かったから」  素風も参加した。だるまが転がっただけでも幹壱は笑う。それにつられ僕らも笑う。 「誰も成功しないなぁ、もう一回やろうぜ」  1番手の幹壱はブツブツ「アイス」と小声で呟いている。僕だってアイス狙いだ。 「あれっ素風、アイス1個にジュース1本しか買って来てないっけ」  頷いた素風がハンマーをコツンと黄色の台に当てた。悔しがる素風を横目に見つつ、次にコツンと当てたのは薫太。薫太は成功させた。だるまは怖い顔のまま正面を見ている。  薫太が言う。 「ヨッシャー! 俺っちジュース。素風にアイスあげよう。買い出し行ってくれる御礼な」  幹壱がガクッと肩を落として、だるま落としのだるまに声をかけた。 「楽しませてくれていただき有難うございました。明日も宜しくお願い致します」  悔しかった。遊びとはいえ敗者だから。でも嬉しい事があった。本当は素風がアイスを2個買って来てあったらしく幹壱に手渡していたのだ。楽しませてくれた御礼として。  素風は新聞部の紅一点で僕らのアイドル。ちょっとした心遣いが出来る。そこが良い。  帰りは電車。素風と2人きりで降車したら、同じマンションだし一緒に改札を抜けた。 「ちょっと駅ビル寄りたい。素風は先に帰る? 」 「ううん、颯希に付き合うよ」  百均でだるま落としを買った。 「いいねえ颯希、ヤル気だねえ」  明日には間に合わないかも。けれど家で練習して勝ちたい。素風に応援すると言ってもらえたし、今日よりは良い結果が出てほしい。  その帰りに素風がアイスを買って僕に手渡してくれた。2人でマンションのエレベーターに乗る。 「幹壱が飽きてやらないって言っても、やろうって言おうね」  そう言ってエレベーターを3階で降りた素風。僕は5階まで乗りながらアイスを食べきる。  部屋に入って勉強をした。その休憩の時にだるま落としを取り出したら僕は一時停止。 「さぁ私とだるま落としレッスンしましょ」  サンバとまではいかない陽気な音楽がBGM。それにのってだるまが話しだしたのだ。 「驚きましたか? 私の中にスピーカーが内蔵されていまして。私の後頭部を見て下さい」  買った時にはなかったQRコードがあった。 「読み取ってアクセス終えたらレッスンスタート」  スマホ画面にだるま落としが映った。 「こんばんは。ではこれからレッスンスタート。5分ごとに休憩入れます。でも、いつものようにやってみて下さい」  部室ではは1番下の台から順番に交代で台をハンマーで叩いていった。今は僕1人なので一人で叩いていった。 「だるま落とし購入のきっかけは」  友人が購入してゲームをして敗者になった事が悔しかったという事を説明した。  下から2段目の台を叩こうとしたらホイッスルが鳴った。何か悪い事したっけ。 「そのハンマーの角度。もうあと2ミリ下方」  2ミリ? ミリ単位なの? そんなことまで教えてくれるなんて。まるで家庭教師みたいだ。 「良いですね。その調子です」  褒められたのも束の間、コトンと音をたててだるまは落ちた。思わず大きなため息。  5分の休憩を5回終えた直後に何回目かのハンマーを振り切って、だるまと僕はまるで恋人同士のように見つめ合っていた。 「成功ですよ。その力加減でしたら、少し大きいだるま落としでも成功するはずです」  画面が真っ暗になった瞬間、目の前のだるま落としから指笛と拍手が聞こえてきた。  翌日の部室。幹壱がだるま落としを取り出した。薫太は早退していない。僕と幹壱と素風でゲームスタート。どうか昨夜の個人レッスンの結果が出ますようにと祈る。賞品は昨日と一緒。 「ヨッシャー! 」  僕がだるまのすぐ下の段の台を叩き、ストンっとまっすぐになるだるま落とし。素風が悔しがる。そんなところも可愛いと思う。  最終結果は幹壱が最下位だった。幹壱は明日こそ、と何回も言った。何と素風が1位になったのだ。 「あのね、颯希だけに教えてあげる。昨日ねだるま落とし私も後で買ったの。駄菓子屋さんに弟と行ったら売ってて。そのだるまにQRコードついてて」  どうやらそのだるま落としは自分が元祖だからパワーが強いと言ったらしい。 「マジで? 素風は負ける気がしなかっただろ。だから今日は自分の好きなアイスを買って来た。そのアイス好きだよな」 「うん、ジュースは颯希の好きなのにしたの。勝ってほしくて。でも颯希は優しいから半分以上、幹壱に飲まれちゃったでしょ。くれって言われて」  きよとんとした僕の手を握る。僕もQRコードのだるま落としの説明をした。 「明日も負けないからね」 「僕だって負けないさ」  2人で顔を見合わせて笑いだした。 「ねぇ、もし今日もQRコードあったら一緒に練習しような」  QRコード付いていたので、素風が家に来てお互いアクセスして練習。  翌日の部室で真っ先に歓喜の声を上げたのは素風。僕が2位でジュースをゲット。よし今夜も練習しよう。             (了)
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