クソみたいな山

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 数年が経ち、「抹茶の庵」は依然として山里の静寂の中に佇んでいた。蔵馬は変わらず茶屋を営みつつ、過去の出来事を胸に秘め、静かな日々を送っていた。しかし、その平穏は長くは続かなかった。  ある日、茶屋に一本の留守番電話が入る。電話の主は、かつてこの地を訪れた山荘ではなく、彼の弟子であるという若者だった。彼は蔵馬に向けて、次のような内容を伝えていた。 「蔵馬様、私は山荘の弟子、名を香坂(こうさか)と申します。師匠が封印された後、彼が残した手記を見つけました。その手記には、黒雲山の頂にある魔術の力がいずれ解放される日が来ると記されていました。師匠の遺志を継ぎ、私はその力を再び封印する方法を探し続けています。もし、蔵馬様の助力を得られるならば、私はお力を借りたいのです。どうかこのメッセージを聞いたなら、私にご連絡ください」  蔵馬はそのメッセージを聞いて、一瞬心が乱れた。山荘の封印が弱まる可能性があること、そして新たな弟子が現れたことに警戒心を抱いたのである。彼女はしばらく考え込んだ後、留守番電話に録音されていた連絡先に電話をかけた。 「もしもし、高坂さんですか?」と蔵馬が電話越しに声をかけると、緊張した様子の若い男性の声が返ってきた。 「はい、私です。蔵馬様、連絡をくださりありがとうございます。実は、この問題は急を要します。最近、あるマッチングアプリを通じて、師匠と同じような力を持つ人物がいることを知ったのです。その人物が山に向かっているようで、何か悪いことが起こる前に手を打たねばなりません」 「マッチングアプリですって?」と蔵馬は驚きと疑問の入り混じった声で尋ねた。「そんなものに黒魔術師が関わるとは思えませんが…」  高坂は苦笑いを交えて答えた。「私も驚きました。しかし、今の時代、どんな形で情報が流れるか分かりません。このアプリで知り合った彼は、どうやらリストラされた元サラリーマンで、今は自暴自棄になっているようです。彼が魔術の力に魅了されてしまったのかもしれません」  蔵馬はしばし沈黙し、考えを巡らせた。過去に自分が封印した黒魔術が、今度は全く予想もしなかった形で再び姿を現そうとしていることに、かつてない危機感を覚えた。 「分かりました、高坂さん」と彼女は毅然とした口調で答えた。「私も一緒にその男を止める手助けをしましょう。しかし、黒雲山は危険です。慎重に行動する必要があります」 「ありがとうございます、蔵馬様。私も覚悟はできています」と高坂が応えた。  その日の夕刻、蔵馬は黒雲山に向けて茶屋を出発した。山道を進む途中、彼女の視野には大きな鷲が舞う姿が映った。それはまるで、何か不吉なことを予兆しているかのように、彼女の頭上を旋回していた。 「この山には、まだ何かが隠されている…」蔵馬は静かに呟き、さらに険しい山道を進んでいった。やがて、山荘の弟子である高坂と合流した二人は、黒魔術を手に入れようとする男を止めるため、再び闇の力と対峙する決意を固めた。  その男の野望を阻止するため、そして再び封印の力を取り戻すため、蔵馬と高坂の戦いは新たな幕を開けようとしていた。
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