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「すぐに出て悪い。なんだかあの人しつこそうだったから。他の店でお茶しよう」
「いえ、お茶は大丈夫なんですけど……なんていうか、辻さんモテますね」
辻さんは今日も自信満々に微笑む。
「もしかして焼きもち?」
「いえ全く」
「即答するなよ」
ふっと笑う辻さんはスマートでカッコ良い。それなのに、どうして私はときめかないんだろう。
「それより、今日の真弓雰囲気違って新鮮だな」
ナチュラルに名前を呼んでくるところも、女性慣れしていることがダダ漏れしている。
この人きっと、恋愛上級者だ。
「この前の黒いワンピースも上品で綺麗だったけど、今日のシャツワンピースも清楚で可愛いな。パンプスの色味と良くあってる」
流石服飾を生業にしている人。
褒めるのも巧い。
「髪もメイクも俺の好み」
どこまでが本気でどこまでが冗談なのか全くわからない。
「あ、ありがとうございます。辻さんこそ、髪下ろすと若く見えて益々カッコ良いですね。そのシャツもすごく似合ってます。コーディネート上手だし、洗練されてる。辻さんがインフルエンサーになったらうちのとろみシャツバカ売れするんじゃないですかね? どこぞのモデルより素敵ですよ」
自分でもわけがわからないうちに口が勝手に喋る。
こんなに饒舌になる自分も珍しい。
そしてもっと珍しいのは、辻さんが明らかに照れて真っ赤になっている姿だ。
「……辻さん?」
辻さんは耳まで真っ赤にさせて、口元を覆って私から目を逸らした。
「くそ、俺が落ちてどうするんだ」
「え?」
「……なんでもない」
少年のような可愛い辻さんが新鮮で、くすぐったい気持ちになる。
「ホントにショッピングだけでいいのか? 天気良いし、遠くまで連れてくのに」
「いえ、ショッピングが良いんです。辻さんと買い物してみたくて」
「俺と買い物したい?」
また顔を赤らめる辻さん。
「はい。辻さんの服に対する感性と鋭い視点勉強したくて」
「……なんだよ。それじゃ仕事の延長じゃないか」
ムスッとする彼に思わず顔が綻ぶ。
さっきから表情がコロコロ変わって面白い。ずっと見ていても飽きないと思う。
「あ、荷物持つ」
歩いている最中、さり気なく私のバッグを持ってくれる。
そういうところも隙が無くて尊敬した。
「ありがとうございます」
「構わない。……しかし、やけに大荷物だな」
「あ、お泊まりセット持ってきたので」
なんてことなく自然にそんなことを言った瞬間、辻さんは爆発するように赤面して立ち止まった。
「とま!?」
「とま?」
「泊まるのか!?」
困惑する彼にびっくりする。
もしかして、私の早とちり?
「泊まらないんですか?」
思わず聞き返すと、彼は顔を赤らめたまま「いや……」と濁した。
さっきから辻さん、なんだか可愛いな。
「無自覚な分、恐ろしいな……」
そんな言葉の意味もわからなかった。
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