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恋してみたい。
漠然と、ふつふつと、胸の奥から沸いてくる。
人生で二度目の同窓会の帰り道でのことだった。
小さくため息をついて、ふいに目に入ったショーウィンドウのガラスに映る自分を見つめた。
お気に入りの黒いワンピースを着ているのに、なんだか服が泣いているように見える。
すれ違うカップル達は皆幸福そうに微笑み、それぞれの世界に没頭している。
羨ましくてたまらない。
そんな感情が、自分から湧き出てくるなんて思いもしなかった。
28歳、彼氏なし。今まで恋愛経験は一切ない。それどころか、片想いや芸能人に憧れたことすらない。
幼い頃から母子家庭で育った私は、弟の面倒を見ることや家事を手伝うことに夢中になっていたし、高校からはバイトに明け暮れて必死で。
そのまま好きだったアパレルショップ店員として就職し、一心不乱に働いた末、三年前から念願の本社企画営業部に配属されるまでに昇り詰めた。
とにかく仕事が楽しくて、充実した日々を過ごしながら今に至る。
だけど私は、この夜初めて自分の人生に迷いを抱いていた。
『真弓も一度くらい恋してみれば? 絶対に得るものがあるよ』
同窓会で、久しぶりに会った友人の夏子の一言で、私の人生観が大きく揺らいだ。
彼女の言うとおり周りを見渡すと、結婚したり交際したり、片想いをしている人達の目はキラキラと輝いている。
それは身近な恋愛対象に限らず、芸能人やアニメのキャラクターに対して熱狂し、所謂推し活をしている人達も一緒だ。
皆それぞれイキイキしていて、とても幸福そうに見えた。
……私も、一度でいいからそういう相手に出会ってみたい。
身を焦がすような恋がしてみたい。
突然芽吹いた願望に、焦燥感も覚える。
「……恋したい」
今すぐ行動に移さなきゃ。
駅へ向かう足を止め、踵を返すと近くにあるアイリッシュパブへ吸い込まれるように入店した。
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