温泉旅行と恋模様

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「ゲームセンター寄ってみようよ」 「私卓球やりたい!」  ほろ酔い気分でぞろぞろと宴会場をあとにする皆の後ろをついて行く。  何事もなかったかのように涼しげな様子で先を歩く辻さんの背中を眺め、またズキッと胸が痛んだ。  ……まだ受け止めきれない。  辻さんには、以前からずっと想っている相手がいるなんて。 「真弓ちゃん大丈夫? 酔った?」  渡辺さんの呼びかけに苦笑する。顔が引きつって上手く笑えない。 「……ごめんなさい。私眠くなったので、先にお部屋に戻ってます」  皆を盛り下げるのも悪いので、こっそり渡辺さんにだけ耳打ちして、一人で部屋の方へ戻った。 「はぁ……」  広縁にある椅子に腰かけて、一人情けなくため息をつく。お酒を飲む気にも、景色を楽しむ気にもなれない。  ……辻さんとこれからどんな顔で会ったらいいんだろう。  好きな人いるなら言ってくださいよって、戯けて笑えるような心境じゃない。  何度も大胆に彼を求めてしまった自分を思い出し、恥ずかしさが込み上げる。  ……最後まで抱いてくれなかった理由が、わかってしまった。  虚しさにじわりと涙が滲んだ瞬間、ドアが開く音と渡辺さんの声が聞こえ、慌てて目元を指で拭った。 「ただいまー」 「は、早かったですね」  渡辺さんは少し残念そうに眉を下げた。 「それがさぁ! 村上くんが飲みすぎのクセに卓球夢中になっちゃって、もうグロッキー状態。てんやわんやだったわ」 「大変でしたね」  ふと、笹山さんが戻って来ていないことに気づく。 「あの……笹山さんは」  恐る恐る尋ねた途端、渡辺さんがムフッと含みのある笑みを浮かべた。 「実はさ、笹山ちゃん辻さんのこと諦めきれないみたいで、……力技で落とすって」  渡辺さんの言葉に呆然とする。  力技。……それって…… 「真弓ちゃんも大変だったね。急にライバル視されちゃって。まあ、どうなるかわかんないけどさ、大人だから、深入りなしってことで」 「………………」 「真弓ちゃん?」  気づいたら勢いよく立ち上がっていた。  笹山さんの行動に、いかに自分が臆病で、狡猾な人間だったかを思い知る。  彼女は例え辻さんに振り向いてもらえなくても、真っ直ぐに自分の気持ちを伝えていた。  だけど私は、疑似恋愛だなんだと言って、逃げていただけじゃないか。 「私、ちょっと行ってきます」 「真弓ちゃん!?」  逸るようにして部屋を飛び出し、隣の辻さん達の部屋に急いだ。  ……私だって正々堂々はっきり伝えなきゃ。  辻さんが誰を選んだとしても、自分の気持ちは変わらない。  これは私の、初めての恋だ。  思いきって部屋の扉をノックする。  だけどいくら待っても、その扉は開くことはない。 「あ、酒寄さん?」  ちょうど戻ってきた、男性社員に声をかけられハッとする。 「ごめん。今、邪魔しない方がいいかも」  小声で苦笑する彼に言葉を失った。 「……今笹山さん来ててさ、俺達空気読んで部屋あけてんの。……取り込み中かもしれないから」  一瞬にして二人がまぐわう姿を想像し、血の気が引いていくのを感じた。    
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