温泉旅行と恋模様

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 萎みそうになる心を奮い立たせるようにして、ぐっと唇を噛みしめる。  鼻で大きく深呼吸すると、勢いよくドアを再び叩いた。 「辻さん! 開けてください!」 「え!? 酒寄さん!?」 「お願いします! 開けて!」 「ちょっと」  通りすがりの人から白い目で見られても、そんなことを気にしている余裕もない。  何度もドアをノックし続け、辻さんの名前を呼んだ。  ……だけどドアは開かない。  もう、届かないのかもしれない。手遅れなのかもしれない。私が逃げてばかりいたから。  じわりと涙が溢れ、それでも諦めきれなかった。 「一度だけ話を聞いてください! 私も、辻さんが好きなんです!」  叫ぶように伝えた瞬間、カチャリとドアの開く音がした。  目の前の扉ではない。私達の部屋とは反対側の、隣の部屋のドアだ。 「……真弓……?」 「………………?」  隣の部屋から出てきた辻さんの姿にポカンとする。  ……何故、辻さんが隣の部屋に?  呆然と固まっているうちに、ついに目の前のドアまで開いて、私はもう混乱しきりだった。 「なんで……」  部屋の中からは、気まずそうな顔をしている森田さんと笹山さんの姿がある。 「なんで!?」  森田さんは真っ赤になって頬を掻いた。 「いや、あのですね。俺実は笹山さんが好きで、気を引きたくてわざと酒寄さんに声かけてたんです」 「そ、そうですか……」  はだけた浴衣の二人と、いつの間にか私の隣で傍観している辻さん。 カオスな空気に、それしか言えなかった。 「辻さんにこっぴどく振られたんで、予定変更です! 私、切り替え早いんで。ね、森田さん」 「そういうとこ好きぃー!」 「………………」  再び扉が閉まり、絶句してその場を動けない。  いつの間にか男性社員の彼の姿もなく、廊下には私と辻さん、二人きりになってしまった。 「………………」 「………………」  冷や汗が噴き出る私と、満面の笑みの辻さん。 「……あの、辻さん。さっきの声って」 「全部聞こえた!」  即答の辻さんに、瞬く間に顔が熱くなる。  さっきはあまりにも必死だったから言えたけど、落ち着いて本人を前にすると、まるで中学生に戻ってしまったかのように恥ずかしくて目も合わせられない。 「二人でゆっくり話そう」  そう言って私の手を握り歩き出す辻さん。  あとから急に安堵の気持ちが押し寄せて、泣き出しそうになるのを我慢した。  
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