972人が本棚に入れています
本棚に追加
────「とろみ素材のメンズシャツ、これから間違いなく来る。絶対に在庫切らすなよ。店舗にもプッシュ増やして」
「わかりました!」
今日も今日とて、独自の視点で仕事を回していく辻さん。
しかし先見の明は確かで、彼がプッシュする商品は軒並み大ヒットしている。
仕事に対して誠実でストイックだし、学ぶことも多いのだけど。
「辻さん、資料ブラッシュアップしたので見ていただけますか?」
企画営業部の中でも一番若くアイドル的存在の、笹山さんが辻さんのデスクに近づいた。
顔を赤らめ、可愛らしくパーマボブの髪を耳にかける仕草は女性でも惚れ惚れする。
「見せてみろ」
目を伏せて資料に集中する辻さんに、笹山さんがさり気なく身体を近づけているのが目に入った。
彼も満更でもない様子で、二人は肩を寄せ合う。
どことなく甘美な空気が漂っている気がした。
「……大丈夫だ。良くできてる」
柔らかく微笑む辻さんに、笹山さんはボッと真っ赤になり、周囲の女性達からキャー! と歓声が上がった。
辻光晴。企画営業部課長の33歳。艶やかな黒髪を整髪料で整え、額を出していることでより端整な顔立ちが際立つ。
鋭い眼光とスッキリとした鼻筋、引き締まった口元。
昨夜の王子、唐沢さんを美しいと形容するならば、辻さんは雄々しい色気がある。
なんというか、「俺、良い男だろ? 俺のこと好きなんだろ?」と言わんばかりの自信が醸し出ていて。
そこが物凄く苦手だ。
「辻さん、今夜予定ありますか?」
笹山さんの甘えるような可愛らしい声が耳に届き、思わず身体が固まった。
「ちょっと相談したいことがあって。ご飯でも」
「ああ。今日は……」
辻さんの視線が私を捉え、ギクリと冷や汗が出る。
「すまないが、酒寄と約束してるんだ。また今度な」
そんな発言にざわついた。
私はもう皆の目を見られない。
「……酒寄さんと?」
笹山さんが訝しげに私を見ているので気まずさを覚える。
……確かに約束はした。
それは、昨日の提案の返事をする為だ。
というか昨日の時点で散々断ったのに、辻さんは「考える時間をやる」と言って聞かなかった。
「酒寄、今日は残業するなよ」
そう微笑まれて、胸が高鳴るどころかゲンナリする一方。
周りが騒然とする中、静かにキーボードを叩き始めた。
最初のコメントを投稿しよう!