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週末、土曜日。
────「デートしてみないか?」
辻さんにそう提案されたのはすぐのこと。
正直言って、恋愛したいという欲が芽生えた今、デートは興味津々だった。
恋愛映画やドラマ、小説に漫画、コラムなどで予備知識はばっちり。
だけど知識を深めていく過程で、ある重要な事柄に気づく。
『今日は帰りたくない』
『家に寄っていく?』
漫画内でのそんな台詞を思い出しごくりと固唾を呑んだ。
……大人のデートに情事はつきもの(個人の見解です)。
私だってもうそれなりの年齢だし、大人の恋がどんなものかもわかっている。
今更、学生時代のような淡く甘酸っぱい時間が過ごせるとも思ってない。
……辻さんとヤるのか?
今のところ彼に対してそんな想像は一切できないし、向こうだってどんなつもりなのかわからないけれど。
『俺に恋しろ』
本当に恋していいなら、キスとかスキンシップとか、そういう甘い恋の醍醐味も味わってみたい、なんて思ったりして。
「……一応、準備しておくか」
新品の下着やお泊まりセットを鞄に詰めて、雑誌を参考にしたデートコーデに身を包みマンションを出た。
30分ほど電車に乗って、待ち合わせの駅前カフェに到着。
辺りを見渡すよりも先に、テラス席に辻さんの姿を見つけた。
見つけたというよりも、辻さんだけスポットライトが当たったように光り輝いていて、目に飛び込んできたと表す方がしっくりくる。
「………………」
しばらく言葉を失って遠くから彼を見つめる。
私服の辻さん、初めて見た。
自身が推していたベージュのとろみシャツは秋口のこの季節にぴったりで、落ち着いた大人の艶やかさがある。
きれいめのパンツもドクターマーチンの革靴も似合っていて、全体のバランスが完璧だ。
ドクッと勢いよく胸が高鳴った。
だけどこれはきっと、いつものように服に対してのものだろう。
物憂げな表情でコーヒーカップに口づける仕草は映画のワンシーンのよう。
しばらく見惚れているうちに、彼の近くに一人の女性が近づいた。
背中の真ん中くらいまで伸ばされた髪は毛先だけ巻いていて、偶然にも私と同じような髪型だった。
だけど彼女の方が数倍美しく可憐で、今朝ヘアアイロンで時間をかけてきた自分がなんだか恥ずかしくなる。
益々声をかけるタイミングを失い、なかなか近寄れない。
女性は笑顔で辻さんに話しかけている。とんな話をしているかはわからないけれど、もしかしてナンパ?
恐るべし辻さん。社外でもやっぱりモテるんだ。
確かに無口でいれば上品で余裕溢れる素敵な大人の男性だ。
この人と恋愛予行演習なんて、考えてみたら畏れ多いことだったのでは?
そうこうしている間に辻さんは立ち上がり、女性も彼のあとを追う。
「え?」
もしかしてナンパ受けちゃったの?
私とのデートは?
やっぱり、恋愛予行演習なんて気まぐれで、どうでもよくなったとか。
「……真弓」
我に返ったところで声をかけられる。
気づいたら辻さんは私の目の前に佇んでいた。
「辻さん!?」
「……なんですぐ来ないの」
とろんとした瞳で私の肩に触れる彼に絶句する。
「すみません。彼女が来たので、これで」
そう言って背後にいる女性に軽く頭を下げて、辻さんは私の手を引き街へ連れ出した。
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