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翌日、夏休みの集中講義のために文人と一緒に登校すると、教養棟の一階の廊下で、講義室の扉の横の壁に背中をつけるようにして立っている恭介を見かけた。まだ鍵が開いていないようだ。その隣にいるのは、恭介と文人の友達――名前は確か山本だ。
目当ての講義室に行くには、この前を通らなければならない。だが、恭介一人ならまだしも、山本も一緒の時に昨日の話を持ち出されてはたまらない。瑞生は廊下に並ぶロッカーの陰に身をひそめた。
「どうした?」
話しかけてくる文人を人差し指で制して、瑞生は耳をそばだてた。
「朝田って、真山くんと付き合ってるんだっけ? 最近どうなの?」
山本の声を聞いて事情を察したのか、文人も瑞生の隣におさまった。
「あー……」
恭介の気まずそうな声が聞こえた。山本が笑い交じりに言う。
「何、その微妙な感じ」
「ちょっといろいろあって、やべーかも」
冗談にしようと軽い口調だが、十年以上一緒にいる瑞生には恭介が無理をしていることが分かった。
「恭介って男が好きなの?」
単刀直入に聞く山本に驚き、思わず声が出そうになって口を手でおさえた。恭介はなんでもないことのように答え始める。
「前は女が好きだったよ。男で好きになったのは瑞生が初めて。ただ、元カノが強烈で、女性不信になったところを瑞生に『好き』って言われて流されてんのかなって、ふと思うこともあるんだよね」
「じゃあさ、気晴らしに合コン行かない? 一人急に行けなくなってさ」
山本の言葉に、瑞生の血の気が引いた。
「今の聞いてた? まだ瑞生と別れてないんだよ?」
困惑気味の恭介の声が聞こえる。「まだ」という言葉に、別れる気があるのだろうかと不安になる。不安になってから、両親の前でただの友達のふりをしてほしいと持ち掛けたのは自分だったと気づき、馬鹿だと思う。恭介を怒らせたのは瑞生だったのに、こうして被害者面できる自分がいかに自己中心的な人間かを思い知らされる。
「大丈夫、大丈夫。女の子で彼氏いる子も来るし、男女混合の飲み会だと思ってさ、気軽に来てよ」
山本が軽い調子で言った。
「行かないって」
「まあまあ、いいじゃん。ちょっと顔出すくらい。真山くんもそれくらいじゃ怒らないだろ?」
「おい、勝手に決めんなよ」
「ほんとにちょっと、最初十分くらいでいいからさあ」
そこでドアが開く音がして、恭介の返答は聞こえなかった。おそらく二人とも講義室に入ったのだろう。
瑞生は動けなかった。心臓をわしづかみされたかのように苦しかった。
「本当に別れることになったらどうしよう……」
瑞生が呟くと、文人の手がそっと背中に添えられた。
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