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その夜、文人の部屋で、落ち込む瑞生を文人が励ましてくれた。
「大丈夫、朝田くんは浮気とかしない人なんでしょ? 信じてあげなよ」
「うん、でも……。僕たちいつも喧嘩になるから、そろそろ愛想つかされてもしょうがないかも」
「元気出して。あんまり思いつめると良くないよ。ほら、このゼリーおいしいから食べてみて」
文人が差し出してきた容器を受け取ろうとした時、テーブルの上に置いていたスマートフォンに、祥の名前が表示された。瑞生は文人に目配せをしてから、「応答」をタップした。
「もしもし」
「ごめんね、瑞生」
恐る恐る電話に出ると、開口一番に祥が謝ってきた。一瞬、やはり祥が両親にばらしたのではと疑ってしまったが、次に続いた「突然電話しちゃってびっくりしたよね。いろいろと大丈夫?」という言葉によって胸をなでおろした。両親と電話してからというもの、疑心暗鬼だ。こんな自分が嫌になる。
「昨日、私のところにもお母さんから電話がかかってきてさ、『瑞生が恭介くんと付き合ってるらしいんだけど、この前行った時なんか気づかなかった?』って聞かれたけど、『何もなかったよ』って言っといた。恭介くんはいなくて、瑞生にお茶出してもらって、少し喋っただけだよって」
「ありがとう」
「私もフォローしようとしたんだけど、ごまかせなかった。本当にごめん」
瑞生を心底心配しているような声に、こちらの方が申し訳なくなった。
「じゃあさ、もう『もともと付き合ってないよ』では押し通せないってことだよね?」
瑞生は答えながら、うまく息ができなくなった。
「……ごめん」
「姉さんが謝ることじゃないよ」
「でも……」
「大丈夫。僕がなんとかするから。恭介にも姉さんにも迷惑かけるつもりないから、安心して」
精一杯明るい声を出した。
「一人では限界があるでしょ? 恭介くんには頼めないの?」
「それは、無理かも」
瑞生が家を出た日の恭介の丸まった背中と、合コンの話をしていたことを思い出す。
「え? この前は仲良さそうだったじゃない」
「いろいろあるんだよ」
瑞生がぶっきらぼうに返すと、しばらく沈黙が降りた。しびれを切らした祥が「うん」と仕切りなおした。
「何があったかは聞かないけど、分かった。ここからが本題。お父さん、すごく怒ってるよ。二人を別れさせないと気が済まないって。瑞生、何か考えはあるの?」
少し黙ってみたが、「別れさせる」という言葉が頭の中の大部分を占めてしまって、妙案は思いつきそうもなかった。
「分かんないけど、なんとかする」
投げやりに答える。祥が「もうっ! 全部一人で抱え込まないの!」と姉らしいことを言った。対面で話していたら、両手で頬を挟まれていただろうと思う。
「私は瑞生の味方だからね。いつでも頼ってね」
「ありがとう」
通話を切り、文人に目配せすると、心配そうに見つめられた。
「震えてるけど大丈夫?」
指でさされた先、スマートフォンを持っていた左腕が小刻みに揺れていた。とっさに右手でおさえたが、右手の振動が左腕にも伝わり、震えが増幅しただけだった。
「瑞生!」
文人がテーブルを回り込んできて瑞生の肩をつかんだ。
「どうしよう。父さんが僕たちを別れさせにくるって。恭介を失ったら僕は、僕は……」
瑞生は何度も自分の太ももを拳で打った。涙が頬を伝って、服がそれを吸収していく。
「やめなよ! あざになるよ」
止めようとして瑞生の手をおさえようとする文人を振り払い、何度も何度も打ちつけた。
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