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「女装してデートしてたのは、父さんが怖かったからなんだ。実家を出てからもずっと、頭の中で父さんの声が聞こえてる。同性愛者は気持ち悪いとか、みんながお前のことを軽蔑してるぞとか、もっとひどいこともいっぱい。でも、女装してる時はそれが消えるんだ。見せかけだけでも異性愛者になれることで、僕は安心できたんだよ。父さんだって、『娘』と恭介の交際は認めてくれるはずだろ? だってこの世界では異性愛が『普通』なんだから」
「それって、詭弁じゃないか?」
恭介は、瑞生の様子をうかがうように遠慮がちに言った。
「分かってるよ。でも、これが僕が女装してた理由。恭介、ごめんね。今までこんな恥ずかしいことに付き合わせて」
瑞生は口角を引き上げた。恭介が眉間にしわを寄せる。
「瑞生の心を守るために必要な行為ってことだろ? 恥ずかしくなんかないだろ。一人でよく頑張ったな。今まで、理由も聞かずに女装してることを責めたりして悪かったよ……」
「自分のためっていうこともあるけど、僕も恭介を守りたかったんだ」
恭介が口をぽかんと開けた。
「同性カップルとして見られたら、恭介もゲイだと思われるだろ? それが嫌だった。自分にそういう目が向けられるのと同じくらい、恭介が偏見の目にさらされるのが怖かった。女装なんていう、かっこいいとは真逆の方法でしか守れなかったけど……」
語尾は消え入るようだったが、恭介が歯を見せて笑った。
「心配してくれてありがとう。瑞生、お前はずっとかっこいいよ。たとえ瑞生がかっこ悪かったとしても、俺は瑞生のことが好きだし、瑞生の味方だよ。何度も言ってきたじゃん」
「そうだね、ごめん」
揺るぎない恭介の言葉に励まされる。
「恭介にひどい仕打ちしてるのに、恭介は優しいね。僕がゲイだったせいで、恭介をいろんなことに巻き込んでるってふとした瞬間に思うんだ」
「どういうこと?」
恭介の笑顔が固まった。
「恭介は僕と違って女性を好きになることができるだろ? でも僕が恭介を縛ってるせいで、恭介は父さんが言うところの『普通の幸せ』を手に入れられないんだと思うと、同性愛の世界に引きずり込んですごく申し訳ないと思う」
恭介が大きく息を吐き出した。驚いた瑞生はまじまじと恭介を見つめた。
「瑞生は『引きずり込む』って言うけど、俺は違うと思う。そういう素質がもともと俺に備わってたんだよ。瑞生に告白される前までは、たまたま女の子しか好きになってなかっただけで、俺はそもそもバイセクシャルなんじゃないかと思う」
信じられなかった。恭介は絶対にマジョリティ側だと思い込んでいた。
「気のせいじゃないの?」
そう問うと、恭介がかぶりを振った。
「違うと思う。瑞生は、女性とセックスしたいと思う?」
「思わない」
「だろ? だから、俺ももともと、同性を好きになる性質を持っていたんだと思う」
真剣な顔のまま言われて、たじろいだ。
「瑞生は俺を引きずり込んだんじゃなくて、気づきを与えてくれたんだよ。感謝してる」
「恭介はそう言ってくれるけど、両親からしたら、僕は『正しい道』を歩めていない人間なんだよね」
瑞生は俯く。恭介の手が浮いて、瑞生の頭に乗った。ふわりとなでられて、髪を乾かしてもらった時のことを思い出した。『瑞生に触る口実を作りたくて』。恭介の愛を感じて、瑞生の心臓がきゅうっと甘く苦しくなった。
「そんなに『正しさ』って大事か? この世に、絶対的な正しさなんて存在しないんだぞ。『正しい』って主観なんだよ。その人にとって許容できるか、そうでないか。そんな他人の個人的な感情を基準にして生きるなんて、馬鹿らしいと思わないか?」
言葉を探していると電話が鳴った。
「姉さんだ」
「出たら?」
「うん」
何を言われるのだろう。怯えながら出る。瑞生の動きは、恭介にじっと見られていた。
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