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「笑えないよ」 「笑えばいいだろ! 『欠陥品』のくせに説教してくるなって、笑えよ」 「恭介、ごめん。そんなに傷つけてたなんて、知らなかった」  瑞生は立ち上がって移動すると、背中側から恭介を抱きしめた。瑞生のその行為は咎められることはなかった。恭介の振動が伝わってくる。最初は怒っているのかと思った。でも違った。恭介は泣いているのだった。 「……ごめん。言い過ぎた。さっき、子孫を残せないのは生物としておかしいって言うのを聞いて、自分の両親が否定された気になって、爆発してしまった。そういう意図がないことは分かってるんだけど。ごめん」  今まで瑞生が傷つけられてきたのも、無自覚の些細な他人の言葉だった。同じことを、瑞生もしてしまっていた。  ――僕は、自分が世間からどう見られるかばかりを気にして、こんなに身近にいる大切な人を傷つけてしまっていたんだ。 「ごめん」  瑞生が謝ると、恭介が頭を振った。 「うちの両親は、俺の前でもずっと付き合いたてのカップルみたいに仲が良くてさ、俺は両親みたいな関係が理想だった。俺も彼女がほしくなった。きっと恋人ができたら幸せなんだろうなあって漠然と思ったんだ。あとで聞いたんだけど、不妊治療中はずっとギスギスしてたみたい。仲良くなったのは俺が生まれてからなんだって。二人でこの宝物を育て上げよう、って戦友みたいな感じって言ってた。俺は望まれて生まれてきたんだと思うと誇らしかった。でも世間の目は違ったみたい。小学生の時、近所の人が言ってたのを聞いちゃったんだよ。『親のわがままで子供を作っちゃって、恭介くんがかわいそう』って。俺はすごく幸せだったのに」 「そんなことがあったなんて、全然知らなかった」  十年以上の付き合いの中でも、恭介から「かわいそう」という言葉が出たことは一度もなかった。それは自分が言われて嫌な思いをしたからだったのだ。同級生からは「天才」ともてはやされ、いつも笑っていた恭介に、そんな過去があったなんて。恭介のことを知った気になっていたが、実は一部しか見えていなかったのだと気づかされた。  恭介がゆっくりと頷いた。 「瑞生が『僕は普通じゃない』って言うたびに、俺まで責められてる気分になった。不妊治療は親のエゴだっていう意見を見てしまったことがあるんだ。不妊ってことは、生物学的に劣っているから子孫を残す能力が備わっていないのであって、そういう種は自然淘汰されるべきなのだ、人間がより良い種として生きていくためには大切な機能だ、受け入れるべきだ、本来生まれてくるべきじゃない子供を無理やり作ってるのはおかしいって」  欠陥品という言葉に恭介が敏感な理由が分かった。瑞生は改めて自分が発してしまった言葉の強さを意識して、口を手で覆った。恭介がこちらを振り返り、唇だけを上げて自嘲気味に笑った。 「ひどいよな。俺は両親に愛されてる自信があるから、そんな言葉を気にする必要はないって分かってる。だけど、ふと思うんだ。自然妊娠じゃないってことは、本来できなかったはずの命だろ? 俺を生み出すために、両親の心も体もズタボロになっただろうし、お金もたくさんかかった。そこまでして生まれてくるべきだったのかなって。不妊治療にあてたお金を使って、夫婦二人で暮らしていく選択もできたはずなのに。そうすれば、少なくとも今よりは余裕のある暮らしをできていたはず。生まれてこなければ良かったなんて思わない、そんなこと思ったら、頑張った親に申し訳ない。でも、『あったかもしれない未来』を想像することはやめられない」  恭介の目から一筋の涙がこぼれた。 「瑞生が、俺の『将来』について語るたびに、今言ったことが頭をよぎるんだ。瑞生が俺と架空の彼女の結婚生活を思い浮かべる時、俺は老いた両親が思い浮かぶ。『子供がいなくても幸せだったね』って笑顔で手を取り合うんだ。瑞生から『普通』って言われるたびに、自然妊娠じゃないうちが『普通じゃない』って責められているように感じてしまっていた。全部勘違いだって分かってるんだけど、やめられない。だから、瑞生が『同性を好きになる自分は普通じゃない』って思い悩む気持ちも痛いほど分かる。でも、堂々としていてほしいんだよ。俺のために。俺も、他人から『普通じゃない』『かわいそうな子供』ってレッテルを貼られてきた。だから俺は――俺と瑞生は『普通』なんだって証明したい。自分のこれまでの人生を否定したくない。どんな人間だって価値はあるって証明したい」  そう力強く宣言しつつも、恭介の視線はぐらぐらと揺れていて、恭介も一人では立っていられないのだと分かった。今までは、瑞生だけが恭介の手にすがりついて、頼り切っているのだと思っていた。実際は、お互いに手を取り合ってバランスを取ることでようやく立っていただけなのかもしれない。
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