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 瑞生は親指で恭介の涙をぬぐった。 「僕も恭介も『普通』?」 「そうだよ。『正しさ』に正解がないように、『普通』だって人それぞれだ」 「女装してても?」 「もちろん」 「ゲイでも?」 「それが瑞生だろ?」 「僕は、『普通のゲイ』ってこと?」 「そうだろ」  恭介の一言で、今までの人生全てが許されたような気がした。自然と顔の筋肉がゆるんだ。きっと今、人生で一番の笑顔になっているのだろうと瑞生は思う。 「じゃあ、恭介も『普通の子供』だ」  恭介が喉を鳴らして笑った。 「なんだそれ、瑞生に比べて肩書が弱くないか」  ひとしきり笑ったあと、ふと真顔に戻った恭介が言った。 「でもそうだな、俺も、不妊治療の末に生まれた普通の子供だ。そして、瑞生のことを好きになった、普通の男だ」  まるで自分に言い聞かせているかのようだった。 「さっきは傷つけてごめんね。恭介には価値しかないって思ってるよ。自分のために生きるのは難しくても、恭介のためなら生きられる気がする。僕と一緒に生きて。僕の生きる意味になってよ」 「ありがとう」  恭介の口が三日月みたいに弧を描いた。その笑顔を見ながら、二人でこの先も生きていくつもりなら、両親に立ち向かわなければならないと瑞生は決意した。 「恭介にお願いがある」  不思議そうに首を傾げる恭介から二歩離れて、その場で頭を下げようとしたものの、この程度では覚悟が足りないかもしれない、と思いなおした。床に手と足をついて、恭介を見上げる。 「ちょっと待てよ。やめてくれよ!」  困惑する恭介を目の前に、こうべを垂れた。 「助けてください。僕と一緒に、両親と戦ってください」  今までで一番恥ずかしいしかっこ悪いと思ったが、不思議と誇らしい気持ちになった。 「分かった。力になるよ」  恭介の声に背中を押され、ようやく肩の荷が降りたような気がした。顔を上げる。 「ありがとう。両親がうちに来るって言ってたけど、僕はこっちから行きたいと思う。その方が覚悟を伝えられると思うから。週末、殴り込みに付き合ってほしい。それから、ついでって言ったら失礼だけど、恭介のご両親にもちゃんと挨拶したいから、恭介の実家にも立ち寄らせてもらってもいいかな?」 「いいよ。うちの両親喜ぶと思う。瑞生の両親もきっと、瑞生のことを大切に思ってるんだと思うよ。今はただ、大切な息子の思いがけない一面を見て、混乱してるだけだと思う。話せば分かってもらえるよ、きっと。俺も協力する」 「ありがとう。分かってもらえるといいけど……」 「きっと大丈夫だよ。でも、とりあえず早く立ってくれ。落ち着かない」  温かくて大きな手に抱き起こされた。  瑞生はテーブルに戻ると、スマートフォンを持ち上げ、恭介の目の前に掲げてから電源を入れた。 「今から電話かけるから。見守ってて」 「かける必要はなかったみたいだな」  恭介が画面を指差す。母から電話がちょうどかかってきたところだった。「応答」をタップして、耳に当てる。 「瑞生、ごめんね、お母さんあなたを怒らせるようなこと言っちゃったのよね?」  母が鼻をすする音が聞こえてきた。恭介が話の途中で電話を切ってしまったことを失念していた。説明すると余計こじれそうだったので、嘘をつくことにした。 「ごめん。充電切れちゃったんだ。怒ってるわけじゃないから、安心して」 「それなら良かったわ。さっきは取り乱しちゃってごめんなさい。お母さんが願ってるのは、瑞生が幸せであってほしいって、ただそれだけよ」  優しい母の声に勇気をもらった。瑞生は、深呼吸してから一息で言った。 「ありがとう。週末こっちに来るって言ってたけど、やっぱり僕が行ってもいいかな?」 「え、それは構わないけど……。どうして?」 「恭介と一緒に、挨拶しに行きたいと思ってる」  瑞生がそう言うと、母の声色が変わった。予想外の言葉に狼狽しているようだった。 「ま、待ってよ、瑞生。急にそんなこと言われても困る! お母さん以上に、お父さんがいっぱいいっぱいで、その……恭介くんと話ができるような状態じゃないから。二人で突然来るなんて、そんなこと……難しいと思うわ」 「大丈夫。許してくれなんて思ってないから。とりあえず、会いに行くから。待ってて」  瑞生は通話を一方的に終えた。傍らにいる恭介が、震える瑞生の拳に自分の手を重ねてくれる。  その後何度も電話がかかってきていたが、瑞生は無視し続けた。
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