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母がキッチンに引っ込んでいる間、男三人はリビングの椅子に座った。瑞生と父は、迷いなく向かい合わせに座った。いつも食卓を囲む時に座っていた場所だったからだ。瑞生は椅子の下に荷物を置いてから、自分の右隣の椅子を引いた。いつもは祥がいる場所だった。恭介は何も言わず、リュックを床に下ろしてからその席に座った。
会話のないまま時が過ぎるのを待っていると、お盆に急須と湯飲みを乗せた母が戻ってきて、父の隣に座った。
急須にはお湯と茶葉がもう入っているらしく、緑茶の匂いがふわりと立ち上った。母が急須を傾け、四つの湯飲みに順番にお茶を注いでいった。とぽとぽという音がやけに大きく聞こえた。
目の端で、太ももに置かれた恭介の拳が震えているのが見えた。瑞生は思わず恭介の拳の上に自分の右手を重ねた。恭介がこちらに視線を向けた気配がした。瑞生は自分がやってしまったことの大胆さに、今更肝を冷やした。とっさに手を離す。両親の死角だったはずだが、見られていたらどうしよう。瑞生の心臓がバクバクと動いていた。
お茶をいれ終わった母が、恭介の前に湯飲みを置きながら言う。
「恭介くん、お父さんがいきなり失礼なこと言ってごめんなさいね」
「いえ。俺も、かっとなってすみませんでした」
恭介が頭を下げてそれを受け取った。
母は、父にも湯飲みを渡しながら一言添えた。
「お父さん、多様性の時代ですよ。もっと言葉を選んでください」
「多様性、多様性って。俺が理解できないものも受け入れなきゃいけないのか。そういう空気が気にくわん」
父は苛立ちをおさえきれないようだった。恭介が静かな声で反論した。
「おじさん、どうして自分が『受け入れる側だ』って当たり前に思えるんですか?」
「部外者は黙ってろ!」
「お父さん!」
父が怒鳴ったが、母が棘のある口調で呼ぶと、父はそっぽを向いた。母は残りの湯飲みを瑞生と自分の前に置くと、お茶をすすった。
「部外者じゃありません。俺が瑞生のパートナーです」
恭介が冷静さを保って答えると、父が鼻で笑った。
「パートナーがなんだ、しょせん口約束だろ。法律で同性愛が認められていないってことは、社会的に認められてないってことなんだ」
それに怯まずに、恭介が続ける。
「確かに今は、日本での同性同士の結婚は認められていません。でもだからといって、社会的にも認められていないってことにはなりませんよ。実際、同性カップルは日本にたくさんいます。パートナーシップ制度を導入している自治体もあります。それって、同性愛者が社会に溶け込んでいるってことになりませんか?」
「そんなに同性カップルに自信があるなら、こんな形でばらされる前に、正式に挨拶にくれば良かったじゃないか」
「それは……」
痛いところをつかれ、恭介が口をつぐんだ。父が勝ち誇ったように笑う。ここまで恭介が頑張ってくれたのだから、次は瑞生の番だ。瑞生は唇を湿らせた。
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