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「僕が女で、二人に黙って恭介と住んでるとしたら、父さんは僕を連れ戻しに来た?」 「そりゃもちろんだろ。嫁入り前の娘が同棲だなんて、危ないからな」  突然の話題転換に戸惑っている様子だったが、父はきちんと答えてくれた。 「じゃあ、僕が男で、恭介が女だったら? 僕が彼女と同棲してたとしたら?」 「大学生のうちから同棲はさすがに早すぎると思うが、基本的に喜ばしいと思うよ。よくぞ将来の嫁を見つけたって盛大に祝ってやる」  心底嬉しそうに言う姿に、ぞっとした。 「どうしてさっきと違うの? 性別によって対応が変わるのがおかしなことだって気づかないの?」  父はそれには答えずに、緑茶を飲んだ。眉間にしわを寄せ、何度も湯飲みを傾けた。  都合が悪くなると黙る。いつものことだった。瑞生は父を正面から見た。畳みかけるように言葉を続ける。 「だから言えなかったんだよ。父さんは分かってくれない、ううん、それどころか、僕たちのことを見下すだろうって、理解しようともしてくれないって、思ってた。僕は小さいころからずっと、『どうせ分かってもらえるわけがない』って思ってた。それなのに本当のことを言えるわけないだろ」 「うるさい、黙れ!」  不機嫌をまき散らし、父が怒鳴った。これもいつものことだ。大きな声を出せば誰もが自分の思い通りになると思っているのだ。そして、横目で母をぎろりとにらんだ。 「妊娠時の母体のストレスのせいで、子供が完全体になれない場合があるって話を聞いたことがある。瑞生もそれだろ。瑞生がこうなったのは、妊娠中にお前がちゃんとしてなかったせいだぞ」  急に矛先を向けられ、母が震えた。 「ごめんなさい……」  先ほどまでとは打って変わって、母が弱腰になる。何度もこうやって責められてきたのだろうかと考えると、瑞生の中で罪悪感が膨らんだ。テーブルの下で両手を握った。父は満足げにお茶をすすり、母は俯いたまま口を閉ざしている。 「今のおじさんの話、おかしくないですか? ゲイは完全体じゃないんですか?」  恭介の静かな声が静寂を破った。 「ああそうだ。不完全だろ。異性を愛せないなんて、人間として終わってる」  父は唇の右側だけをつり上げた。恭介の右腕に力がこもったのを見て、瑞生は慌てて声を出した。 「僕がゲイになったのは母さんのせいじゃない。もちろん父さんのせいでもない。誰のせいでもないんだよ」  三人の目が集中するのを感じた。瑞生は、ふらふらと視線をさまよわせながら口を動かした。 「僕はゲイだから、女性を好きになることはない。孫の顔は見せられそうもないし、父さんたちが期待する大人になれそうもない。ごめんね」  重力に従って頭が下がり、前を見ていたはずが、いつの間にか湯飲みを見つめていた。恭介にぐいっと腕を引っ張られる。そちらを向くと、恭介が口を開きかけていたが、父の大きなため息がそれを遮った。 「くそ、子育て失敗か。祥は成功したのにな」 「何言ってるんですか。瑞生の前ですよ」  恭介が怒りを超えて呆然としたような声を出した。父は椅子の背にもたれかかり、頭の上で両手を組んだ。天井を見つめて嘆いた。 「瑞生が男好きになったのは、じいさんのせいだよ。いくら矯正しようとしても無駄だった。ゲイの血っていうのは濃いもんなんだな」  じいさんというのは、父方の祖父のことだろう。瑞生が物心つく前にはもう亡くなっていた。その人がゲイだったとは初耳だった。 「ゲイは遺伝なんてしません」  瑞生が否定するより先に恭介がそう言い切った。 「性的指向が遺伝によって決まるなら、生まれる子供は全員ストレートのはずです。もしかしたらバイセクシャルは生まれるかもしれないけど、同性愛者は生まれようがない。異性に欲情できる人同士じゃないと子供ができないんだから」  恭介の説明に、父が顔をしかめた。 「はしたない話をするな」 「そんな話をしたつもりはありませんけど」  殴り合いとまではいかないまでも、またもや喧嘩に発展しそうだ。 「恭介」 「お父さん」  瑞生と母が同時に呼びかけると、恭介と父はお互い顔を背けた。ふう、と息を吐いて、母が立ち上がった。 「お茶、冷めちゃったわね。入れなおすわ」  母が急須を持って席を立った。恭介が湯飲みを空にするのにならって、瑞生も緑茶を飲み切った。
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