22人が本棚に入れています
本棚に追加
「僕が女で、二人に黙って恭介と住んでるとしたら、父さんは僕を連れ戻しに来た?」
「そりゃもちろんだろ。嫁入り前の娘が同棲だなんて、危ないからな」
突然の話題転換に戸惑っている様子だったが、父はきちんと答えてくれた。
「じゃあ、僕が男で、恭介が女だったら? 僕が彼女と同棲してたとしたら?」
「大学生のうちから同棲はさすがに早すぎると思うが、基本的に喜ばしいと思うよ。よくぞ将来の嫁を見つけたって盛大に祝ってやる」
心底嬉しそうに言う姿に、ぞっとした。
「どうしてさっきと違うの? 性別によって対応が変わるのがおかしなことだって気づかないの?」
父はそれには答えずに、緑茶を飲んだ。眉間にしわを寄せ、何度も湯飲みを傾けた。
都合が悪くなると黙る。いつものことだった。瑞生は父を正面から見た。畳みかけるように言葉を続ける。
「だから言えなかったんだよ。父さんは分かってくれない、ううん、それどころか、僕たちのことを見下すだろうって、理解しようともしてくれないって、思ってた。僕は小さいころからずっと、『どうせ分かってもらえるわけがない』って思ってた。それなのに本当のことを言えるわけないだろ」
「うるさい、黙れ!」
不機嫌をまき散らし、父が怒鳴った。これもいつものことだ。大きな声を出せば誰もが自分の思い通りになると思っているのだ。そして、横目で母をぎろりとにらんだ。
「妊娠時の母体のストレスのせいで、子供が完全体になれない場合があるって話を聞いたことがある。瑞生もそれだろ。瑞生がこうなったのは、妊娠中にお前がちゃんとしてなかったせいだぞ」
急に矛先を向けられ、母が震えた。
「ごめんなさい……」
先ほどまでとは打って変わって、母が弱腰になる。何度もこうやって責められてきたのだろうかと考えると、瑞生の中で罪悪感が膨らんだ。テーブルの下で両手を握った。父は満足げにお茶をすすり、母は俯いたまま口を閉ざしている。
「今のおじさんの話、おかしくないですか? ゲイは完全体じゃないんですか?」
恭介の静かな声が静寂を破った。
「ああそうだ。不完全だろ。異性を愛せないなんて、人間として終わってる」
父は唇の右側だけをつり上げた。恭介の右腕に力がこもったのを見て、瑞生は慌てて声を出した。
「僕がゲイになったのは母さんのせいじゃない。もちろん父さんのせいでもない。誰のせいでもないんだよ」
三人の目が集中するのを感じた。瑞生は、ふらふらと視線をさまよわせながら口を動かした。
「僕はゲイだから、女性を好きになることはない。孫の顔は見せられそうもないし、父さんたちが期待する大人になれそうもない。ごめんね」
重力に従って頭が下がり、前を見ていたはずが、いつの間にか湯飲みを見つめていた。恭介にぐいっと腕を引っ張られる。そちらを向くと、恭介が口を開きかけていたが、父の大きなため息がそれを遮った。
「くそ、子育て失敗か。祥は成功したのにな」
「何言ってるんですか。瑞生の前ですよ」
恭介が怒りを超えて呆然としたような声を出した。父は椅子の背にもたれかかり、頭の上で両手を組んだ。天井を見つめて嘆いた。
「瑞生が男好きになったのは、じいさんのせいだよ。いくら矯正しようとしても無駄だった。ゲイの血っていうのは濃いもんなんだな」
じいさんというのは、父方の祖父のことだろう。瑞生が物心つく前にはもう亡くなっていた。その人がゲイだったとは初耳だった。
「ゲイは遺伝なんてしません」
瑞生が否定するより先に恭介がそう言い切った。
「性的指向が遺伝によって決まるなら、生まれる子供は全員ストレートのはずです。もしかしたらバイセクシャルは生まれるかもしれないけど、同性愛者は生まれようがない。異性に欲情できる人同士じゃないと子供ができないんだから」
恭介の説明に、父が顔をしかめた。
「はしたない話をするな」
「そんな話をしたつもりはありませんけど」
殴り合いとまではいかないまでも、またもや喧嘩に発展しそうだ。
「恭介」
「お父さん」
瑞生と母が同時に呼びかけると、恭介と父はお互い顔を背けた。ふう、と息を吐いて、母が立ち上がった。
「お茶、冷めちゃったわね。入れなおすわ」
母が急須を持って席を立った。恭介が湯飲みを空にするのにならって、瑞生も緑茶を飲み切った。
最初のコメントを投稿しよう!