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 恭介は、瑞生が女装していてもゲイでも「普通だ」と言ってくれた。まだ二十年も生きていない恭介ですら、「普通」が人によって異なることを知っているのだ。それなのに、倍以上も生きている両親たちは、絶対的な「正しさ」や「普通」があると思い込んでいる。親はなんでも知っていると思っていたが、そうではないのだと瑞生は悟った。思い返せば、母は理解があるように見えて、ゲイとトランスジェンダーを混同していた。彼らが急に幼く見えた。父に対する恐ろしいという気持ちが、瑞生の中から急激に消えていった。  瑞生はお茶を飲み干し、一息で言った。 「普通に産んであげられなくてごめん、って何? 瑞生は『普通』じゃないって母さんも思ってるってことだよね」 「え、違うの……? 男の子を好きになるなんて、大変でしょ? これから瑞生が幸せになれるのかなって思ったら、お母さん心配で――」  背骨を何かが駆け抜けてくる感覚があった。頭がびりびりとしびれ、腹の底から熱い塊が勢いよくせり上がってくる。 「勝手に――」  声が震えていた。手も震えていた。それを抑え込むために、爪が食い込むほど強く握った。父も母も恭介も、瑞生を見ていた。三人の視線を感じながら、瑞生は大きく息を吸い、言葉を吐き出した。 「勝手に、今が幸せじゃないって決めつけんなよ!」 「男同士で付き合って、幸せになれるわけないだろ。どうせ瑞生もあいつと同じだ。あいつと同じように、いずれ家族も恋人も捨てるさ。恭介くんがかわいそうだ。早く解放してやりなさい」  瑞生がこれだけ訴えても、父の声にはまだ軽蔑の色が宿っている。 「うるさい!」  瑞生が叫ぶと、誰かが息を飲む音が聞こえた。瑞生は父を真正面から見つめた。父はなぜか、怯んだような目をしていた。その瞬間、今自分は腹を立てているのだと分かった。 「僕は幸せだ!」  瑞生は恭介の左腕に自分の手を絡ませた。見せつけるように。恭介が喉を鳴らす音が聞こえた。瑞生の腕を見て、父が唇をわななかせる。 「男と一緒にいるのにか?」 「男じゃなくて、恭介とだからだよ。恭介と一緒だから、こうやって父さんと話ができる。すごく心強い味方なんだ」  ぐいっと恭介の腕を引き寄せた。恭介の体温が、瑞生の右腕を通じて伝わってくる。絡み合った二人の腕の境界をなぞるように、父の目が動いた。 「気色悪い。まさかお前、人前でもそんなことしてるんじゃないだろうな? 世間様に後ろ指さされるぞ」  吐き捨てるような口調に、瑞生と恭介を蔑むような響きがあった。 「父さんこそ、そうやって古い価値観引きずってると、世間から取り残されるよ。大学ではゲイの友達もできた。ゲイも異性愛者も、何も変わらない。一人の人間なんだよ。差別していいわけないだろ!」  瑞生は、にらみつけるように両目に力を込めた。勢いに押されたのか、父は言葉を失った。  瑞生は恭介から手を離した。その場に立ち上がると、両親に向けて宣言した。 「僕は男だし、男が好きです。物心ついた頃からそうだった。これが僕にとっての『普通』だ。ゲイは教育によって『治る』ものじゃないし、何かに影響されてなるものでもない。異性愛者は『どうして自分が異性を好きなんだろう』って疑ったりしないでしょう?」  女装してまで「普通」を装っていた自分が「これが僕にとっての普通だ」なんて言うことになるとは。自分の口から飛び出した言葉に一番驚いていたのは瑞生だった。  心臓の辺りが熱い。ぐつぐつと煮えるようなこの怒りは、瑞生が今まで、人生をかけて抑え込んできたものだと気づいた。  一生懸命生きてきただけなのに、「子育て失敗」と言われて腹が立つ。父が、瑞生を通して祖父を見ていたのだと分かって腹が立つ。同じゲイでも全然違う人間なのに。母が、口では謝りつつも、無自覚に瑞生の今までの人生を否定してくるのが腹が立つ。 「父さんと母さんから見たら、僕は『失敗作』に見えるのかもしれない。でも僕はちゃんと幸せです。恭介がずっと僕のそばにいて、僕の味方でいてくれる。ゲイとトランスジェンダーの違いも分からないくせに、勝手に人の人生を『失敗』だって言わないで!」  親に盾突くのは初めてだった。隣にいた恭介も立ち上がるのが見えた。今度は恭介の方から指を絡ませるように手を繋いできた。女装している時や、家で二人きりの時しかしたことがない、いわゆる「恋人繋ぎ」だった。  恭介が一緒に戦ってくれる。自分はもう大丈夫だと思えた。瑞生は深く息を吸い込んだ。
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