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「ほら、母さんとの電話で、『瑞生は女の子になりたいのね』って言われたの覚えてる?」 「あったね」  脈絡のないように見える話でも、恭介はきちんと相槌を打ってくれた。 「あの時はなんで分かってくれないんだろうって思ってたけど、僕がちゃんと話をしてこなかったせいなんだ。僕の方から歩み寄って、一つずつ説明すればきっと、ゲイとトランスジェンダーの違いを分かってもらえると思う。僕たち親子には話し合いが足りないんだなって、思った」 「まあでも、あの感じじゃ、話し合いにならなかったんじゃないか?」 「それでも、僕の口から伝えるべきだった。『僕はゲイで、恭介と付き合ってます』って」  恭介は何か言いたげだったが、マグカップを唇に押しつけ、口を開かなかった。瑞生はコーヒーを飲みながら続けた。 「父さんとも全然話をしてこなかった。今までは父さんが僕を否定してくるんだと思ってた。でも、逆だった。父さんを否定してたのは僕の方だった。ろくに話もしないで、『どうせ分かってもらえない』『父さんはゲイを憎んでるから、僕のことも憎らしいに違いない』って、決めつけてた。これは、こうだったらいいなっていう希望も入ってるんだけど、父さんは怒ってたんじゃなくて、戸惑ってたんじゃないかな。自分の考えを否定されて、自分でもどうしたらいいか分からなくなって、自分の感情も分からなくなって、怒りとして発散してしまうみたいな」  そこまで言うと、ようやく恭介が口を挟んだ。 「瑞生はそう言うけどさ、毎日あの父親と接してたら、瑞生が人の目に怯えるようになっても仕方ないって俺は思うぞ? 人の親のこと悪く言って申し訳ないけどさ……」  恭介にしては珍しく、語尾が消え入るようだった。 「そんなふうに考えたことなかった。全部僕が悪いんだって思ってた」  瑞生が呟くと、恭介が手を伸ばしてきた。テーブルの上でマグカップに添えていた右手に、恭介の左手が重ねられる。 「瑞生、つらかった気持ちを押し殺さなくていい。親の暴言まで正当化する必要はないんだよ。瑞生が苦しんできたのは事実だろ? 無理して親まで受け入れようとしなくていい。親を愛さなければならないっていう義務はないんだから。今後も瑞生の人生に介入して、瑞生を傷つけてくるようなら、縁を切るという選択肢もありだと思うぞ」  恭介の口からそんな言葉が出てくるなんて信じられなかった。 「恭介は、『どんな親でも、産んで育ててくれたことに感謝すべきだ』って言うと思ってた」  恭介が、瑞生の右手の形をなぞるように左手の親指を動かした。 「瑞生だって、誰を受け入れて誰を拒否するかを決める権利があるよ。親だからといって、必ず受け入れなきゃいけないってもんじゃないだろ? 血縁関係抜きに、それぞれの考えや価値観を持った一人の人間として向き合ったら、嫌なところや受け入れられないところ、理解できないところもそりゃあ出てくるよ」  黙って恭介を見つめていると、瑞生から手を離し、照れ笑いした。 「なんて偉そうに言ってるけど、親を大切にしなければならないというのも刷り込みだって気づいたのは、瑞生と父親との関係を見てからだったんだけどな」  恭介が気まずそうに横に目を逸らした。 「今日のことで、俺がいかに恵まれてるか気づいたよ。兄弟がいたら良かったとか、お金欲しいとか、他の人を羨んだことがある。でも、俺が何をしても受け止めてくれる親がいるっているからのは、すごく恵まれたことだったんだな。親なら子の言うことを受け止めるのは当たり前だと思ってた。でも違ったんだって、瑞生の家に行って、瑞生のお父さんと喋って、分かった」  恭介の視線が瑞生の方に戻ってきた。先ほどとは違い、恭介の目には涙の膜が張っていた。 「瑞生、ごめんな」 「え?」  瑞生は首を傾げた。何を謝られたのかさっぱり分からない。 「『普通にこだわるな』って言い続けて瑞生を傷つけた。ごめん。俺は『恭介の好きなように生きなさい』って言われて育ってきた。みんなそう言われて育ってきたんだって思い込んでた。うちの場合は苦労の末できた子だから、特に大事に育ててくれたんだと思う。そういう環境で育ったから、好きなように行動しない人とか、言いたいことを飲み込む人とか、全然理解できなかった。ずっとなんでそうしないんだろうって疑問だった。自分とは違う環境で育った人のこと、全然想像できてなかった」  恭介がうなだれた。
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