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「瑞生と両親の会話を聞いて、俺は両親に甘えてたんだなって思ったよ。正確に言えば、親が作ってくれた環境に甘えてた。自分のアイデンティティが脅かされることがないって心から信じられる場所を両親が提供してくれていたからこそ、心身ともに健やかに育つことができたんだ。自己肯定感を育むことができたんだ。好きなように生きようとせず、世間にがんじがらめにされている瑞生がもどかしかった。ううん。腹が立った。どうしてそんなに自信がないんだよ、かまってちゃんかよって思ってた。理解されるように努力もせず、誰も分かってくれない、分かってほしくない、って勝手に壁作って、わがまますぎるよ、せめてどうしてほしいか自覚しとけよってむかついた」
「ごめん」
今度は瑞生がうなだれる番だった。
「謝る必要なんてない」
恭介が首を横に振った。
「瑞生は『しなかった』んじゃなくて、『できなかった』んだなって今日分かったよ。親は必ず子供のことを受け入れてくれるはずっていうのは、俺の思い込みだった。当たり前じゃないんだって気づかされた。偏見や決めつけをしないように気をつけてたはずなのに、やっぱりまだまだ無意識の思い込みがあるんだなって分かって良かったよ」
恭介が寂しげに笑った。瑞生はその顔を見て反省した。
「実は、『恭介はどうして分かってくれないんだよ』ってずっと思ってた。喋ってないんだから、分かってくれるはずないのにね。自分からは何も話さないくせに勝手に不機嫌になって、やってることが父さんと全く同じだった。本当にごめん」
「いやいや、俺こそ瑞生の事情も知らずに責めてばっかで、ごめんな」
お互い頭を下げ合ったあと、沈黙が降りて、恭介がふっと吹き出した。
「小学生の時から一緒にいるのに、まだまだお互い知らないことがあるんだな」
「ほんとにね。これからもっと恭介のこと知っていきたい」
「俺も。もっといっぱい話をしよう、俺ら」
手を差し伸べられる。
「うん」
瑞生はそれを握り、握手を交わした。身を乗り出した拍子に、瑞生のつま先が恭介のすねをかすめた。
「あっ、ごめん」
恭介がにやりと笑い、すねを蹴り返してくる。
「仕返し」
「僕のはわざとじゃないってば」
左足で恭介の右脚をつつくと、「やったなー!」と歯を見せた恭介が、両脚で瑞生の左足を挟んできた。脚を使って器用に瑞生の足を自分の方に引き寄せると、そのままの体勢で足の裏をくすぐってきた。
「何すんの、やめて、ギブギブ!」
右足で何度も蹴ったが、恭介はびくともしないどころが、自分の方がずり落ちそうになって諦めた。大きく息を吸い込み、恭介の顔に向かって、勢いよく吹きかけるとようやく脚を解放してくれた。
「なんか今、友達だった頃の俺たちみたいじゃない?」
恭介が、テーブルの上に置いていた瑞生の手の甲に口づけをした。
「普通の友達はこんなことしないけどな」
同じように恭介に返しながら、瑞生は苦笑した。
「また『普通』って言ってる」
以前とは違って、恭介の声に咎めるような響きはなかった。
「無意識だった」
「その口癖、すぐには治らなそうだな」
瑞生が気まずさからコーヒーを飲むと、恭介が口角を上げた。慈愛に満ちた目を瑞生に向けてくる。
「瑞生が親にかけられた『普通』の呪い、俺が一生かけて解いてやるよ」
「それってプロポーズみたい」
ふふ、笑い声が瑞生の口から漏れた。
「そのつもりだけど?」
首を傾け、瑞生を見る恭介。その目には自分しか映っていないのだと思うと、多幸感に包まれた。
「ありがとう。すごく嬉しい」
瑞生は今までで一番の幸せを感じていた。顔が熱くて、筋肉が全て溶けてなくなってしまったのではないかと思うくらいだった。
「俺、瑞生が父親の前で『今が幸せ』『これが僕にとっての普通だ』って言ってくれた時、すごく嬉しかったんだよね」
恭介が目を細めて、瑞生の手を取った。
「今の社会じゃ、異性愛者と同じような家庭を築くことは難しいかもしれない。だけど、先駆者がいる。同性カップルで子育てをしている人たちが何組もいる。この先、それが新しい『普通』になるかもしれない。なってほしいと俺は思ってる。今は少しずつ性的マイノリティのことを知ろうとしているマジョリティが増えてる。このまま進めば、ゲイだ、バイセクシャルだとカミングアウトをしても、血液型を聞いた時のような軽い反応を返してもらえる社会になるかもしれない。俺はそのくらい、社会に希望を持ってる。その社会への扉を開きたい。瑞生と一緒に」
そうなればいいな、と瑞生も思う。でも、父のような人がいる限り、実現まではかなりの時間を要しそうだ。
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