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「本当にそうなったらかなり息がしやすくなるな。でも、カミングアウトしたら父さんみたいな人に否定される機会も増えるんだろうなって思うと、『分かってくれなくていいから放っておいてほしい』って思うかも。母さんも『多様性の時代』って言ってたけど、正確に理解してる人がどれだけいるんだろう。『多様性』って便利に使われてるけど、どれだけの人がその意味を分かってるんだろうね」
瑞生が疑問を口にすると、恭介が身を乗り出した。
「多様性って、『マイノリティを受け入れる』みたいな意味で使われがちだけど、本来は、マジョリティもマイノリティも関係なく、別の考え方を持つ人同士、相互理解を深めるっていう意味だと俺は思う。この世界に、誰一人として同じ人間はいない。そして、軽んじていい命なんてこの世にはない。だから瑞生、『多様性』という言葉を拒絶しないでほしい。俺は、瑞生自身を理解したいと思う。『分かってくれなくていい』って言われると悲しくなる」
恭介の言葉を聞き、二人で一緒に「Ally(アライ)」と男性アナウンサーの対談を見た時のことを思い出す。春頃の瑞生は、配慮してくれるな、と全てを拒絶していた。今、瑞生には理解者がいる。恭介、文人、祥、そして恭介の両親。いずれは自分の両親にも、自分のことを「分かってもらいたい」と思う。
「分かった。これからはちゃんと言うよ。恥ずかしいことも、嫌なことも、全部」
「うん。でも、いいことと楽しいことも教えてくれよ? ネガティブなことばかりだと疲れちゃうからな」
恭介の軽口に、自然と笑顔になった。そして、今、恭介に触れたいという思いが強烈に湧き上がってきた。
瑞生はにわかに立ち上がった。
「瑞生、どうした? トイレか?」
「違うよ!」
瑞生は恭介の背後に回り込むと、両手で肩に触れた。くすぐったそうに身をよじらせた恭介が、ふざけた口調で言う。
「肩でももんでくれるの?」
「茶化さないで。触りたいから、立って。こっち向いて」
「はいはい、わがまま王子様の言う通りにしますよっと」
恭介が椅子を引いた。その場に立ち、瑞生と正対するように向きを変えてくれる。
「これでいいのか?」
瑞生は頷きで答えた。百八十センチの恭介に見下ろされている。他の高身長の人と向き合った時は威圧されているように感じるのに、恭介にそうされると、安心感があった。
瑞生は正面から恭介に抱き着いた。恭介は、「うおっ」と言いつつも、びくともしない。華奢な瑞生とは違い、鍛えられた肉体を持つ恭介は、とても頼もしい。恭介の胸元に手を置いて、中心に耳を当てた。鼓動が早い。どっしりと構えていて、いつも落ち着いているように見えていた恭介。意外だった。
「恭介、お前、ちゃんと僕のこと好きなんだな」
「今頃気づいたのかよ。おせーよ」
呟くと、頭に温かい恭介の手が乗せられた。恭介に体を預けたまま瑞生が言う。
「今までごめんね」
「『ごめん』はもう聞き飽きた」
静かな声で言われて言いなおした。
「……ありがとう」
「ん。そっちの方が百億倍嬉しい」
嬉しそうな声が上から降ってきた。体を起こすと、太陽のような笑顔の恭介と目が合った。
顔を近づけると、恭介が屈みながら瑞生の頭を支える手に力を加えた。引き寄せられるように、恭介に口づけをした。言葉を塞いだり飲み込んだりするためのキスじゃなくて、言葉だけじゃ伝えきれない思いを表すためのキスだった。
このままベッドで続きをしたい気持ちと、もう少し恭介と今日のことを喋っていたい気持ちが、瑞生の中にせめぎ合っていた。恭介の舌に溶かされ、もうどうでもいいかと思いかけた時、不意に恭介が離れた。
「よし、一緒に風呂入ろう」
意外な提案に、瑞生は目を丸くした。
「風呂で続きするってこと?」
「ん? 何言ってんだ瑞生。アイス食うんだよ。さっき言ったろ? とっておきの食い方を教えてやるって。まじでうまいぞ」
それ以外は考えもしなかった、というような恭介の表情に、瑞生の体がますますほてった。恭介がにやりと笑った。
「もしかして、瑞生、いやらしいこと考えてたの?」
「ち、違うし! 馬鹿! で、何? アイスだっけ? 風呂でアイスなんて、しようと考えたこともないけど」
図星をつかれ、口数が多くなる自分が、ますます恥ずかしかった。恭介が口に手を当て、くくっと笑った。
「背徳感で二倍おいしいんだぞ。でもあの背徳感を味わえるのは最初のうちだけだからな。俺なんて慣れすぎて、ここで食ってるのと同じ感じになってつまんねえわ」
「恭介、うちの風呂でアイス食ってたんだ」
「げ、ばれたか」
頭を掻く恭介を見て、瑞生も喉を鳴らして笑った。
「やろう、恭介。やったことないこと、なんでも。教えてよ。恭介と一緒なら、なんでもできる気がする」
「そうか。じゃあ、これが最初の一歩だな。風呂掃除してくるから待ってな」
恭介が瑞生の頭をぽんぽんとなでてから風呂場に向かった。
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