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晴天って、ホントはどんな景色なんだろう。
小型船の操縦席に座って、長い信号を待っているオレは、フロントガラスにぶつかって水玉模様をつくる無数の雨粒を見ながら、思った。
オレが生まれたときにはすでに、空は雨を降らしていた。
そしてその天気は今もずっと続いている。
この異常気象のおかげで、排水は追いつかなくなり、海面は上昇し、いくつもの町が沈んでいった。
オレが住むこの町も、だ。
移動は船が主流になった。
建物は、天に向かって入口を伸ばしたり、つみきのように増築したり。
オレは最近、ある一軒家の増築工事をしている。
今はその仕事の帰り道。
ワイパーが水滴を一掃する。
信号が青に変わった。
船を発進させ、建物の間を縫って走る。
この十数メートル下には、かつて車が走っていた道路が眠っている。
沈んだ町のものたちは、海の中でゴミの山になっている。
雨が強くなってきた。
こりゃまたどこか沈んでしまうぞ……
外のうるささに負けないように、音楽の音量を上げた。
晴れの日を歌う古い曲が、操縦室いっぱいに広がる。
雲一つない青空、眩しい太陽、差し込む日差し──
歌詞が示している絵は、いったいどんなのだろ。
頭に浮かぶのは、理科の教科書で見た画質の悪い写真。
飛行機の窓から撮った、太陽が雨雲を照らしている風景。
いつか本物の晴れを地上で知りたい。
でもきっと叶わないんだろうなあ。
こんな雨続きの世界じゃ。
虚しい気持ちを、陽気な曲調は無視して流れていく。
いつもタバコを吸っていく停泊場に着いた。
外へ出て、船を停泊場と繋げる。
大きい屋根がついているので、船を繋ぐ作業をしている間も濡れずに済む。
オレは足を海へ投げ出すようにして、停泊場に腰かけた。
すると、靴がわずかに水面に当たった。
足先が水をかすめるくらいには、この停泊場も沈んできたということか。
最初に来たときは、もっと水位は低く、足を投げ出しても余裕があった。
気づけば、こんなにも海に飲み込まれてしまって……
残念だ。この停泊場も、遠くない将来には沈んで、ゴミになってしまうんだろう。
こうやって何もかもを海が飲み込んで、意味ないゴミの山が水の中でつくられていくんだ。
胸ポケットからタバコを取り出し、ライターで火をつけた。
深く息を吸って、タバコの先端を赤く燃やす。煙を長く吐いた。
目の前に広がる黒い海は、停泊場や町の建物の灯りが反射して、キラキラと輝いている。
波がそのキラキラを揺らし、曖昧にする。
雨粒が流星のごとく、ひっきりなしに海へ飛び込んでいく。
ザアァザアァと騒がしい雨音。
この当たり前の天気を、どんどん海になっていこうとするこの世界を、どうにも好きになれないなあ。
立ち止まっていたら、着実に容赦なく海に飲み込まれていって。
雨風が前へ前へと急かすように聴こえて。
振り返ることも許されず、ずっと追われているみたい。
なんというか、疲れたんだ。
いずれ沈んでゴミの山になる建物をつくり続けることに。
まるで終わらないイタチごっこをしていることに。
ため息を混ぜた煙を、雨にフッと吹きかけた。
まだ火がかすかについているタバコを、そのまま足下の海へ落とす。
そのとき、水の中で光を放っているものに気づいた。
光はだんだん範囲が大きくなっていく。
誰かが泳いでいて、こちらへ上がってこようとしている。
その人は、オレの足下のすぐ前で顔を出した。
黒のウェットスーツを身にまとい、酸素ボンベを背負っている。
茶色い髪は後ろで一つに束ねられ、長いがゆえ水面に浮いている。
ゴーグルの下にあるパッチリした目と、目が合う。
「海にタバコを捨てないで、オニーサン」
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