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「落とし物拾い屋?」
「そそ」
聞いたことない職業名にハテナが浮かぶ。
「ナナシさん、スマホ持ってる?」
そう言われたので、オレはスボンのポケットからスマホを取り出し、ニンギョに見せた。
「検索してみて。『落とし物拾い屋 ニンギョ』で。ホームページが出てこないかな」
ニンギョの言うとおりに、ネットで検索をかける。
そうしたら、ページの一番上にホームページらしきものがヒットしてきた。
それをタップして展開する。
開かれたホームページは、無料のウェブページ作成サイトを使って作られたようで、簡単なレイアウトと簡素なデザインだった。
しかも、『海の中に落とした物を探して拾ってきます』という文字のみの、最低限の情報しか書かれていない。
というか、依頼する際は、自分の連絡先と探して拾ってきてほしい物をフォームに送るだけで、肝心の料金や支払い方法が要相談と、不明確になっている。
ちょっと怪しさが滲み出ている気がする。
「落とし物拾い業は儲かるのか?」
顔を上げて、ニンギョに聞く。
ニンギョはちょうど焼きあがった魚を皿に移しているところだった。
「儲からないよ。見つからないこともあるしね。儲けでやってないよ」
ニンギョは相変わらず何でもないことのように答える。
口で咥えて綺麗に真っ二つに割った箸で、魚をほぐしながら、ニンギョは続けた。
「ある人がたまたま落とした指輪を、あたしが拾ってあげたら、喜ばれてお金を貰ったのが始まり。だけど、お金より喜んでもらったことのほうが嬉しかったの」
儲けでやってないといい、落とし物拾い屋始まりのエピソードといい、綺麗事がすぎるんじゃないか。
そんなんだから、若くしてニンギョになってしまったんだろうな。
「ナナシさんは何か海の中に落とした物なーい?」
ニンギョが魚を口に含んだまま聞いてきた。
オレは少し鼻で笑った。
海の中に落としたものなんて。
海の中に沈んでいったものなんて。
「そんなのありすぎて、覚えてねえよ」
「ホントに? 今あたしに言われて思い浮かべた物もないの?」
ニンギョが食い下がってきた。
こいつ……オレを客にする気だな?
しかし悔しいことに、オレは思い浮かべてしまっていた。
もう沈んでしまった、昔の一軒家の実家を。
「あるんだね。言ってみてよ。あたし探すからさ」
言いよどんでいると、ニンギョに急かされた。
「昔の実家を思い浮かべただけだ。でも拾ってこれる物じゃないだろ」
拾ってこれる物じゃなきゃ商売にならないだろうし、これでニンギョも諦めがつくにちがいない。
オレが客にならないって。
「写真を撮ってこれるよ。そこに置き去りにした物も、探して持ってこれるかも」
オレが思っている以上に、ニンギョは諦めが悪かった。
落とし物拾い業を生業にしているからか。
オレはハアっと息をつき、一応は申し訳なさそうな感じを演出して言った。
「オレはニンギョに渡せる報酬はないぞ」
「あるよ。本当の名前、もらってない」
間髪入れずにニンギョが返してきた。
「名前? そんなことでいいのか? もっとこう、例えば酸素ボンベ代を払うとか」
「そんなことって言うなら、今すぐ名前を教えてくれる?」
ニンギョは試すような視線を向けてくる。
ニンギョに名乗る名前はないと言ったこと、根に持っているのか……?
だがオレは、少し強く出てしまった手前、名乗りづらくなってしまっていた。
「……わかった。報酬が本名でいいと言うなら、頼もう」
「やった!」とニンギョが小さく喜ぶ。
「その昔の実家の住所は? 今ペンを持ってくるから教えて」
ニンギョは急いで自分の船へ入り、ペンを持って再びオレの隣に戻ってきた。
オレは昔の実家の住所を言う。
ニンギョはオレが言った言葉を繰り返しつつ、手の甲に直接ペンでメモしていた。
「写真を撮ってきたら、どうやって知らせよっか?」
「スマホは持ってるのか?」
「持ってるけど、頼りにはならないね。電池がいつもあるわけじゃないから」
これだからその日その場暮らしのニンギョは……と呆れる。
どうしようか。
今どきスマホという連絡手段をなしにして、約束して待ち合わせるなんて。
スマホがなかった時代の人たちはどうしていたんだろ。
まったく不便なことだ。
「ナナシさん、あたしが撮ってくるまで、ここにタバコを吸いにきてよ」
それならルーティンだし、まあいっか。
そうして話はまとまり、オレはニンギョに別れを告げ、帰路についた。
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