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2.魔法使いとの電話
夕方には涼しい風が流れる。
最寄り駅から自宅への帰り道、歩きながらなんとなく公衆電話を探した。なんとなくでいい。見つからなかったらそれでよかった。
それなのに、見つけてしまう。家まであと少しの小さな公園の横に、公衆電話のボックスがあった。今日まで全然気づかなかったのに。
透明な扉を開けて中をざっと眺める。ほこりはあちこちにあるけれど、思っていたよりも汚くはなくてほっとした。
それでも、扉を半開きにして片足で固定する。完全にボックスの中におさまってしまうのは少し怖かった。
肩にかけたショルダーバッグから手帳を取り出して、挟んでいた水色のカードを見る。
四十年前のものにしては不思議なくらい、綺麗な色だった。使い終わったら本のしおりにしてもいいかもしれない。
濃い灰色の電話機の受話器を取って、カードを差し込み口に入れる。
電話番号のボタンをどこも押していないのに、聞き慣れないコール音が受話器の向こうから鳴る。
少し緊張する。
だれも出なければいいのに。
出たとしても、おじいさんかおばあさんのはず。だって四十年前の人だ。
三コール目で声が聞こえた。
『お待ちしていました。四十四代目です』
大人の声じゃない。中学生か高校生くらいの、たぶん男の子。予想外の声に焦ってしまう。
「あの、……あの、魔法使いの人ですか?」
『そうです』
あっさりと答えられた。どうしよう。
「……あの、このカード、祖母が四十年前に使ったって聴きました。そのときのおじいさんかおばあさんは、いないんですか?」
『代替わりしたんです。四十年前に電話に出たのは四十二代目です。もういません』
肩の力が抜けた。祖母がきっと楽しく話をした相手は、もういない。
「……あの……それならいいです。それじゃあ」
そう言って、電話を切ろうとした。
『でもぼくは覚えていますよ。きみ江さんのこと』
無理に電話を引き留めようとしたわけでもなさそうな、落ち着いた口調だった。
「覚えているって、どうしてですか?」
祖母の名前はまだ話していない。思わず尋ねた。
『代替わりしても記憶は受け継ぐんです。魔法使いなので。だからぼくは覚えています。次の代にも同じ記憶を渡します』
理屈はよくわからない。けれど、興味が湧いた。
「……くわしく聴いてもいいですか?」
『では明日の朝九時に、“白羽根橋駅”の東口改札に行きます。ぼくは水色のシャツを着ているので見つけてください。嫌だったら会わずに帰ってかまいません。カードをお忘れなく』
突然最寄り駅の名を出されて驚いているうちに、電話が切れた。まだ返事をしていないのに。
思考が追いつかない。呆然としていると電話機から水色のカードが出てくる。中央に描かれていた白い数字の「1」は、「0」に変わっていた。
受話器に押し当てていた片耳が痛む。それで夢ではないことだけ、わかった。
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