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4.鉄道好きの魔法使い
「この鉄道、好きなんですよ。山から海まで走るので。とても長い距離を黙々と走り続けるのはロマンがあります。直に感じる揺れも心地いいですね」
深緑色のボックスシートの窓際に向かい合わせで座ると、少年は窓の外に目を向けながら楽しそうに話す。
長距離を走る路線ではあるけれど、普通のこの電車に乗りたいと、少年が言った。各駅停車で、海に向かう。
別に海に行きたいわけではなく、この鉄道に乗りたいだけの様子だった。上りか下りかは、わたしが選んでいいと言うので、「海に向かうほう」と答えた。
本当に魔法使いなのだろうか。ただの鉄道ファンのような気もする。
「聴きたいことがあればどうぞ」
わたしの気持ちを知ってか知らずか、上機嫌の笑みを浮かべてうながされた。
「魔法、見せてもらえるんですか」
「こちらの世界では、ぼくたちは魔法を使ってはいけない決まりになっています」
あまり期待していなかったけれど、早々と結論が出てしまった。適当にいくつか質問したら、途中で電車を降りよう。わたしがいなくても、この少年は平気で電車に乗っていそう。
「そっちの世界ではだれでも魔法が使えるんですか」
「言葉が話せれば、だれでも使えます。電気のスイッチのようなものですね。だれが押しても使えます」
とても手軽そうで、少しがっかりした。
「何歳なんですか」
「きみたちの時間に合わせれば、生まれて十五年ですね」
「わたしと同い年なんだ」
なんだか気が抜けた。敬語じゃなくてもよさそう。
「向こうでは、こちらの一年の間に四回、歳をとります。ぼくは向こうでは六十歳です」
「え、おじいさんなの?」
「おじいさんの定義がわかりませんが……」
考えるように視線を宙に向けてから、またわたしに戻した。
「肉体的にはきみたちの年齢とほぼ同じように動きます。ただ、ぼくたちの寿命は八十歳です。きみたちの時間だと二十年」
「魔法使いって長生きじゃないの? 体は動くのに寿命になるの?」
二十年なんて、飼い猫くらいしかない。
「ぼくたちは、きっかり八十歳までしか生きません。みな平等に、逃れようもなく。なぜかはわかりません。仮説はありますが」
「仮説?」
「はい。実証実験をするには問題が多すぎるので、仮説どまりです。向こうの世界の『すべての魔法を止めた状態で数十年単位の経過観察』をおこなわないと、結論が出せません。個人個人で魔法を使うのをやめてみても変化はありませんでした。
長い話になりますが、聴きたいですか?」
難しそう。まだ信用していないし、仮説なら聴かなくてもいい気がする。
「長くなるならいいよ。寿命がこっちの二十年で、それから?」
先をうながすと、特に気にするわけでもなく少年は続けた。
「ただ、魔法使いなので。自分とまったく同じ複製を作ることができます。知識や記憶、考え方や感覚も同じ、人体構造も同じ。寿命がきたら複製に代替わりをするので、まあ長く生きているようなものですね。なにもかも受け継ぐので」
少年だった人が急に大人びて見えた。その人はお腹の前で両手を組んで、背もたれに寄りかかる。
「ぼくは四十四代目ですが、初代からの記憶と知識を全部受け継いでいます。だから、きみのおばあさま、きみ江さんと出会った四十二代目の記憶も持っています」
その人は微笑を浮かべた。
「楽しかったですよ」
また少年のような顔になる。
わたしはしばらく黙っていた。
電車も停まっていた。駅に着いたから。
そしてまたゆっくりと動き出す。
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