5.四十四代目

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5.四十四代目

「今のおばあちゃんの写真、見たいと思う?」  一枚だけ、持ってきていた。  その人はわずかに首を横に振った。 「ぼくは四十二代目の記憶を持っていますが、ぼくが写真を見ても四十二代目にはその記憶は届きません。もういないので。  きみ()さんと会ったのは、四十二代目だけです。その出会いが、彼とほかの代のぼくたちとを明確に区別しています。  ……彼だったら、見たかったでしょう。心づかいに感謝します」  誠実な口調から、その人が、祖母と四十二代目の人の出会いを大切にしていることがわかった。  「……名前、訊いてもいい?」   名前を知りたいと思えた。  その人はわたしをまっすぐに見た。 「ぼくたちは、初代から最後の代まで、みな同じ名前なんです。まわりの人たちは何代目かなんて区別をしません。  仮に“白羽根(しろはね)”という名前だとしたら、何代目であろうと“白羽根”としか呼びません。  ですが、ぼくたち自身は、何代目なのかで、ほんのわずかに個性づけをしています。  ぼくは『四十四代目』。それがぼくの名前です」 「番号が名前になるの?」  なんだか悲しい気持ちになる。 「きみたちは、番号で呼ばれると、人間としてあつかわれていないと感じるんですよね。ぼくたちとは真逆ですが、根っこは同じです。  『ひとりの人間としてあつかわれたい』。同じです。  きみの名前を聴かせてくれませんか」 「あかり」 「『あかり』。美しい名です。  きみの名を初めて呼んだのが、『四十四代目』のぼくです。  あかりと鉄道に乗ったぼくは、『四十四代目』だけです。  それが、ぼくだけの個性です」  その人は柔らかく笑った。そして、うれしい、とつぶやいた。  こんなに遠くから静かに響くような『うれしい』という言葉を、わたしは初めて耳にした。 「カードを貸してください」  その人は片手をわたしのほうに差し出した。  わたしは座席の上に置いていたショルダーバッグから手帳を取り出して、挟んでいた水色のカードをその人に渡す。  その人は右手の指先で軽くカードの表面を(はじ)く。カードの白い数字は「0」から「3」に変わった。 「このカードは、二十年()ったら別のだれかに渡してください。血縁者でなくてもかまいません。あかりが渡したいと思った相手に。  そのだれかからの電話を、ぼくたちは待っています」  その人は穏やかな口調で言ったけれど、切なる願いのように聞こえた。  カードは再びわたしの手の中に戻された。それを大切に手帳に挟む。 「今のは魔法? このカード、だれが作ったの?」   わたしの期待を含んだ問いかけに、その人はさっぱりした軽い笑い声をあげた。 「そうです。魔法です。使ったのはぼくではありませんが。カードにもともとかけられていた魔法です。これでまた、三回電話をかけられるようになりました。カードを作ったのは、初代のぼくです」  本当に小さな変化だったけれど、わたしにとってはまぎれもない魔法だった。そんなわたしの喜ぶ姿を楽しそうに見ながら、その人は続けた。   「このカードのおかげで、ぼくたちはあかりの世界からの電話を待つことができます。電話がつながれば、こちらの世界に一度だけ会いに行けます。その出会いが、ぼくたちのかけがえのない個性になります」  
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