7.終点駅

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7.終点駅

 終点が近づいて電車の窓から海が見えてくると、わたしとその人は黙って眺めた。  透明度は高くない、灰色混じりの紺色の海と、白っぽい水平線近くの薄青い空が広がる。ときどき、日差しが水面から跳ね返って光る。  電車が駅に()まって扉が開くたびに、海の匂いがした。波の音はほんのかすかにしか届かなかった。      電車が終点に着くと、わたしとその人はホームに降りた。  ほかの乗客の人たちはみんな、階段をのぼって向こう側のホームにある改札口へと向かう。  お昼をだいぶ過ぎていた。わたしはお腹がすいていたけれど、その人がホームの上を端から端まで歩いてみたいと言うので付き合った。  線路を見下ろしたり、赤茶色の敷石を指さしたり、遠くの海や木陰を見たりしながら、ゆっくり歩いた。ホームの脇にはオレンジ色の黄花(きばな)コスモスの花が咲いていた。  その人はホームの端で足を止めて、わたしを振り返った。 「夏の終わりに、こちらに来てみたいと思ったんですよ。あざやかな夏が色をやわらかく変えていく姿も、名残(なご)りを惜しみながら涼しい風が吹くのも、記憶にはありましたが。肌で感じるのは、ぼくは初めてなんです」  その人は少年の顔で笑った。 「握手をしてもいいですか」  その人は右手を差し出した。 「いいよ」  わたしはその手を握った。軽く。  その人の手のほうが少しだけ温かかった。  二人同時に、静かに手を離した。 「帰るの?」 「帰ります」 「どうやって?」 「歩いて。線路を伝って歩いていれば、帰れるようになっています」          「気をつけてね」 「はい」  その人は、涼やかな眼差しでわたしを見た。 「あかり。ぼくの次の代も、その次の代も、いつかすべての代が終わる日まで、きみのことを覚えています」   「でも、わたしと握手をしたのは『四十四代目』の魔法使いの人だけなんだよね」  わたしがそう言うと、その人はとてもうれしそうに微笑んだ。      「そうです。ぼくだけです」  それからその人は身軽に線路におりて、どこまで続くのかわからない、赤茶色の敷石の上を歩いていった。  わたしはその後ろ姿が風景の中にとけこむまで、ホームで見ていた。  水色のシャツは夏の空みたいで、左腕の薄青色の腕章は秋の空みたいだった。
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