1.水色のテレフォンカード

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1.水色のテレフォンカード

「おばあちゃん、これなに?」  祖母の本棚から引き抜いたハードカバーの本のページをパラパラとめくっていると、間から水色のカードが出てきた。以前、母が見せてくれた、公衆電話で使えるテレフォンカードに似ていた。  中央に白い文字で「1」の数字が描かれているだけのデザイン。端に細かい黒文字の「3」と「2」のメモリと、その横に針を通したくらいの丸い穴が一つずつある。  でも、普通のテレフォンカードは少なくても「50度数」だったと聞いた気がする。これだと「3度」までしか使えない。  近づいてきた祖母は、わたしが差し出したカードを手に取ることはなく、軽く目を見開いたままでいた。  それから片手を上げて指を一つ一つ折りながらなにかを数えだした。開いた手のひらが二回見えたあと、祖母はにっこりと笑った。 「もう使ってもだいじょうぶ。それ、あと一回使えるの」    十五歳の夏休みの終わり間近、わたしは祖母の家に一人で遊びに来ていた。自宅から電車で二十分しか離れていない。  今年で六十歳になった祖母の本棚は、昔の本も新しい本もあるけれど、全体的にかわいい感じがする。妖精や魔法使いが出てくる物語、バラの花の画集、紅茶の本、外国の森や庭園の写真集。  学校の図書室にはあまり置かれていないような祖母の本を眺めるのは楽しいし、祖母がいれてくれた紅茶を飲むのも好き。  白地に色とりどりの小花が描かれたティーポット、ティーカップ、ソーサーをお盆にのせてきた祖母に、今日も紅茶をいれてもらう。  祖母は砂糖を一さじだけ入れて。わたしはミルクティーにして。二人でのんびりと紅茶を飲む。  冷房のついた畳敷きの和室に座卓、という場所だけれど、祖母とのなごやかなティータイムがわたしはとても好きだ。  ティーカップに口をつけて一息ついたあと、改めて祖母に尋ねる。 「これ、結局どうやって使うの?」  先ほど本の中から見つけた水色のカードは座卓の上に置かれている。 「公衆電話、見たことない? カードの差し込み口があるから、絵の面を上にして入れるだけでいいの。そうしたら電話がつながるから」  祖母は先ほどから、どこか気持ちが華やいでいるように見えた。 「どこにつながるの?」 「魔法使い」  わたしは口を開いて、大人のような少し気のきいた返事をしたかったけれど、言葉が出なかった。一度口を閉じて、また開いた。 「……おばあちゃんは電話かけないの? その、魔法使いに……」 「私はもうかけたの。四十年前にね。『一人の人間が一度だけ』っていう決まりなんですって」   祖母はにこやかだった。少なくとも、「だまされた」とは思っていないようだったから、安心した。 「かけてみて、どうだったの? 楽しかった?」  祖母の楽しい思い出なら、聴いてみたかった。表情を緩めて軽い気持ちで訊く。 「あなたも魔法使いに会ったらわかるでしょう。私の思い出は、秘密」  祖母はかわいらしく、ふふと笑った。 「会うの? 魔法使いに?」  わたしは不信感を抱いてカードに目をやる。 「あなたのお母さんも二十年前に会ったのだから、だいじょうぶよ」  わたしのお母さんは、物語なんて読まない現実主義の人だ。あのお母さんが、電話をかけただけでなく会いに行ったなんて。  衝撃を受けているわたしをよそに、祖母は明るい声で「楽しみね」と言った。
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