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それから数か月後、ギターをもらってから初めてやってきた冬。私はロープウェイに乗っていた。両肩にはギターの重みがズシリと乗っている。
行楽シーズンでもないためか、乗客は私だけだ。
ロープウェイの窓から下を見下ろせば、木の葉をすっかり落とした木々とその隙間を歩く数人の登山客の姿が見えた。
私はそれを見ながら、そっとギターを撫でる。
ロープウェイをおりると、少ない登山客が私のギターをチラチラと横目で見ていたが、私は堂々と胸を張った。だって私は今日ここに、ライブをしにきたのだから。
私は地図を片手にライブ予定地へと向かう。細い登山道を進めば、私の息は簡単に上がってしまう。
しばらく進んでいくと拓けた川辺にたどり着く。
ごつごつとした岩場や、そこから見える切り立った崖はあの日夢で見たものと同じに見える。
私は川辺の岩にゆっくりと腰を下ろす。
冷たい風が、私の火照った頬を撫でた。
来る途中で買ったコーラの缶を開けると、近くの平らな石の上に置く。これはちょっとした手向けの品だ。
「聞いてください。『友よ、あの日まで』」
私はギターをかき鳴らす。まだまだ下手なそのギターリフは、青空の中に吸い込まれていく。そしてそれに私の叫ぶような歌声をのせていく。
音程の外れた歌声を、登山客は笑う。笑うなら笑えばいい。私が歌うことを邪魔さえしなければ、それでいい。
そんな思いをこめながら、私は叫ぶように歌う。その歌声はやまびこになって辺りに飽和していく。
木々がざわめき、魚は跳ねて、風はうなる。
お願いだから、刻まれてくれ。
お願いだから、消えないでくれ。
私の中の、アントワネットループが、マリーが、永遠に残り続けますように。
私の切実なこの歌を、ギターの持ち主は聞いてくれているだろうか。
気づけば登山客は足を止め、真剣な顔で私の音楽を聞いていた。
「……ありがとうございます」
たった数名の登山客。けれども彼らは強い拍手を私に捧げてくれた。
それからも私は狂ったようにギターばかり練習した。
両親はそんな私に極端だ、勉強はどうした、ととやかく言ってくるが、もうそんなことはどうでもよかった。
もう誰も、私を止められないのだから。
いつものように私は教室で、イヤホンをつける。そしてギターのコードの形に手を動かした。
そんな私に京子は声をかけてくる。
「なんの曲聞いてるの?」
「私の新曲」
窓から入ってくる風は、山のにおいがした。
―おしまいー
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